#AQM

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#映画大好きポンポさん3 評論(ネタバレ注意)

大多数の大人を簡単に傷つけようと思ったら、

「あなたは子どもの頃の夢を叶えましたか?」

と面と向かって訊けば、大抵の大人は多かれ少なかれ傷つきます。

理由は簡単で、子どもの頃の夢を叶えられた大人はほんの一握りだからです。


自分は大人になったある日、いやいや帰省した実家で父にこれをやられて、

「父さんはどうなん?」

と問い返し、

息子とのノスタルジックでセンチメンタルな会話を期待して裏切られたのであろう父に

「父親に向かってそんなことを言うか?」

と逆ギレされました。

以降、自分は注意深くそういう機会を避けて(簡単に言うと実家に帰らず)、父が死ぬまでの10年間、結局一度も口をきかずに済ませました。

 

「子どもの頃の夢を叶えましたか?」という問いは自分に向けるものであって、たとえ家族であっても簡単に向けて良いものではない、銃口のようなものだと、父が死んだ今でも自分は思います。

 

米ハリウッドをモデルにした、架空の映画産業の街・ニャリウッドが舞台。

伝説の名プロデューサーを祖父に持ち、その才能を血と英才教育によって継いだ少女?ポンポさんを中心に、俳優・監督・脚本・音響など映画に関わる様々な人々の映画にかける情熱や悲喜交々を描くシリーズもの。

ナンバリングでは3巻扱いですが、外伝的な巻が多く、自分が知る限りシリーズ6冊目です。

以下のリンクで出版時系列で並べてますのでご参考までに。

aqm.hatenablog.jp

作者は本業が別にある人らしいのであんまり続編がたくさん出るのを期待してなかったんですけど、高い評価に応えるように続編が割りとポンポンでて映画化までされて、読者として嬉しい限り。

さて今巻。

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

ポンポさんの祖父で伝説のプロデューサーのペーターゼンは、新進の映画監督・ジーン(1巻の主人公)の才能に魅せられ、現役に復帰。

煽りを食ってポンポさんは映画会社を祖父に返却、学校に通うこととなる。

ペーターゼンとジーンの新作、そしてポンポさんの学園生活の行方はいかに…

という導入で始まる今巻。

 

新刊の毎巻が集大成とでもいうか、巻を重ねるごとに過去巻の登場人物たちが繋がっていって世界が分厚くなっていきます。

「オムニバス」の彼女たちがここにこう繋がってくるとは!

そんな才能に恵まれ努力を惜しまない登場人物たちを向こうに回して、全部持っていくジーン。

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

ジーンの情熱と狂気は、ナンバリングのタイトルロールの天才ポンポさんすら食ってしまいますね。

1〜2巻が「天才の話」だったので、外伝などは「天才ならざるもの」の話に寄ってたんですけど、ジーンが出てくるともう全部持ってっちゃいます。

 

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

本人は天才であることを否定しています。

 

若い人、少年少女が情熱を捧げる作品はたくさん、星の数ほどあって、それらの作品を自分は眩しく思いながら「がんばれ」って思いながら読むわけなんですけど、このジーンの情熱と狂気は「応援する目線」になれないんですよね。

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

「この情熱と狂気に、自分も身に覚えがありながら」

「ジーンと違って自分は、それを人生を捧げるライフワークにできなかった」

「才能がなかったのは仕方がない」

「でも本当に足りなかったのは才能じゃなくて、覚悟や情熱だった」

「なんで?」

「どうして?」

という後悔の気持ちや劣等感が刺激されます。

 

この作品は「覚悟や情熱さえあれば今からでも遅くない」という逃げ道を読者にちゃんと用意してくれてはいますが、

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

ジーンのようでなくてもいい、なんで彼のようなただのバカにもなれなかったんだろう。

 

それにしてもジーンの描写が圧倒的です。

はー。なんで読んでるだけなんだろうか。

なんであの時、ジーンのように人生を捧げられなかったんだろうか。

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

今からでも、こんなに夢中になって狂気を捧げるような何かと、自分の人生を重なり合わせることができるだろうか。

 

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「映画大好きポンポさん3」より(杉谷 庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA)

自分は独身ですけど、それでも「堅実で正しい人生を歩んでる頭の良い人たち」の側の人間です。

バカになれなかったなあ。

 

ただ漫画に描かれているだけのジーンの情熱と狂気が、作者の意図をよそに、たまたま、でも確実に、銃口のようにこっちを向いている。

 

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