#AQM

あ、今日読んだ漫画

#紛争でしたら八田まで 10巻 評論(ネタバレ注意)

表紙のメガネ美女、「地政学リスクコンサルタント」の八田百合がクライアントの依頼を受けて世界を股にかけて紛争を渡り歩き、地政学の知識と思考と調査能力と護身術で解決していく、美女!メガネ!インテリ!ハードボイルド!ワールドワイド!なかっけーお仕事もの。

ぼっちでメガネで日系で手ぶらのココ・へクマティアル、という感じ。

下品な方の出羽守っぽいというか、ちょっと「ブラック・ラグーン」みたいな洋画吹き替えワールドな感じ。

前巻以来のフランス編エピソードの巻跨ぎの完結編と、

『紛争でしたら八田まで』10巻より(田素弘/講談社)

イラン編とカナダ編をそれぞれ完結まで、とキリがいい上に完結編が3つも入った、ちょっとお得な気分な一冊。

ペルシャの歴史を背負いつつイスラム教国家であるイラン、多民族による多文化主義国家カナダ、と、日本人からしたら当然存在も認知していて国名にも国旗にも馴染み深いのに、社会の内実は知ってるようでよく知らない絶妙なチョイス。

ウクライナ-ロシア情勢を時事として早くも取り込んでいるスピード感。カナダのレジデンシャルスクールの話題も、自分もつい先日トピックに触れたところでした。

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これまでの巻の感想で「グルメ」タグをつけるのを失念してましたが、毎エピソードご当地国グルメが登場。

『紛争でしたら八田まで』10巻より(田素弘/講談社)

一冊に2エピソード以上・3エピソード未満、連載数話をかけた中編エピソードを収録。

差別や不和、対立に満ちた社会の縮図で苦悩する依頼主たちを、「たったひとつの冴えたやり方」で少しだけビターなハッピーエンド、イバラの道ながらも融和と協調と成長に導く、シビアな現実で始まりながらも人間の善性を信じた希望に満ちたあっ軽いラスト。

というスタイルで作劇はほぼ一貫してます。

これまでの感想で「コンサルのケーススタディのようだ」と書いた憶えがあります。

各国のコンサル案件に国情を散りばめ込めつつも、ヒロインの八田がアイデアで鮮やかに解決する結論ありきで逆算で案件が組み立てられ、登場キャラの性別・民族・宗教・職業・経歴・趣味・言動、語られるあらゆる属性情報が「伏線」というよりも問題解決のためのパズルのピースのように構成されていて、無駄がなくスムーズでスマートです。

パズルが完成した絵の板を切断して作られるのに似ています。無駄なピースが出ないやり方。

異業種ながら同じくコンサルのどっかのラーメンハゲがこう語っていましたが、

『らーめん才遊記』2巻より(久部緑郎/河合単/小学館)

ヒロインの八田も同じ哲学かはわかりませんが、基本的に悪人から依頼を受けることもありません。

我々は漫画を読むにあたって、冗長な構成、無駄な情報、漫然と増えるキャラを常々「興を削ぐ」として批判して、テーマが可能な限りシンプルに描かれることを望んできましたが、この漫画を読むとちょっと混乱しないでもないです。

『紛争でしたら八田まで』10巻より(田素弘/講談社)

複雑なはずの情勢が整理されて提示され、必要最低限の人数で展開される話が、ハッピーエンドに向けて1ピースも無駄にすることなく、スムーズにスマートに収まるべきところにピタッとハマって、人情噺も交えて鮮やかにコンパクトに解決されていく様を見せられると、望んだとおり「可能な限りシンプル」に描いてくれているにも関わらず、逆にどこか「リアリティに欠けるのではないか」「ご都合主義的なのではないか」「何か嘘や隠し事をされているのではないか」「創り方がマシーナリーではないか」と感じてしまうのは、どうしたことだろう。

ただの無い物ねだりか、ふだん出たとこ勝負な冗長な作品に触れすぎているせいか。

と、自分を疑うような感覚になるぐらい、複雑なはずの話をあまりにもわかりやすく面白くシンプルにコンパクトに描いてる漫画。

『紛争でしたら八田まで』10巻より(田素弘/講談社)

自分は国際情勢に疎いんですが、読後に自分で関連文献等に触れて各国の情勢をまじめに勉強したときに初めて、この漫画の真価、もしくはエンタメ化のための嘘やごまかしが理解できるんじゃないか、というような気持ちです。

ネット世論では「地政学」が内包する胡散臭さも語られ出すようになってるし、漫画読んだだけで勉強した気やわかった気になりたくないし、もともとコンサルの人は口が達者だし。

「裏を取るために勉強しよ」と思わされる稀有な漫画。

『紛争でしたら八田まで』10巻より(田素弘/講談社)

でも、「作劇のマシーナリーなはずの手順(想像)」を忘れさせる、いい話描くんだよなあコレ。

 

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