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あ、今日読んだ漫画

#シメジ シミュレーション 5巻 【完】 評論(ネタバレ注意)

中一で学校が嫌になり、科学者?の姉と二人暮らしの団地の押入れに引きこもっていたら頭からシメジが生えてきた月島しじまは、一念発起して押入れを出て受験して高校に通うことにした。

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

高校では読書をして他人との交わりを持たないつもりだったが、頭に目玉焼きを乗せたメガネっ子の山下まじめがグイグイくるので、友達になる。

2人は穴掘り部に入部したり、美術の授業を受けたり、ファミレスに行ったり、頭のシメジが増えたり、学校をサボったり、お泊まり会をしたり、姉の作ったおかしな機械でおかしな夢を見たりする。

『少女終末旅行』のつくみず先生の現作は、女子高生2人の少し不思議なんかファンタジーなダルくてユルくてアンニュイな不条理日常4コマ。

4コマ漫画ですが、半分ギャグコメディ、半分は詩という感じ。

『少女終末旅行』の主人公、チトとユーリも意味があるのかないのか、毎巻必ずカメオ出演。

今巻で完結。

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

何かの研究者であるところの、しじまの姉によって、世界は人が思念したように形を変える世界に改変されてしまった。

そして人によって思念の形が違うため、人々の思念によって世界はめちゃくちゃになった。

しかし、意外と誰も困っていなかったので、めちゃくちゃになった世界で人々も、しじまとまじめも、それなりに順応して暮らしていた…

漫画を語るにあたってなるべく自分の言葉で語りたいなと思いますが、哲学的でエンタメとしては難解です。

完全な理解が及ばないのは哲学に関わる学と教養が足りないせいか、感性に乏しいせいか、私がつくみず先生ではない別の人間であるせいか。

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

類似のテーマを持った過去作品群に喩えたい衝動をグッと我慢して、自分なりに自分の言葉で。

それぞれの人が望んだとおりの形を取る世界になった。

そのことによって、各人はそれぞれが望むモノの囲まれて過ごすようになり、あるいは個で孤であることに耐えきれず他者と溶け合って、社会は溶けた。

まじめと一つになることを拒んだしじまは孤独になり、世界を溶かしたことを後悔する姉と再会した。

姉は世界を遡行して元に戻して自ら消えることを望み、その望みは叶えられ、人々は個を取り戻したが、同時に孤となった。

そして…

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

あらすじで語ると、そういうお話かなと思います。一応、ストーリーらしきものは在ります。

さて。

結末まで読んだ上での解釈や受信したメッセージ、どうも何を書こうと思っても

「そんな陳腐に説教くさい作品だっただろうか?」

と我ながら首を捻ってしまいます。

強いて言えば個で在りながら孤で居られない二律背反とか、そういう感じ。

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

思ったことをそのまま描けば、夜や宇宙の闇、孤独の持つどこか懐かしい暖かさが強く印象に残ったこと、

あらすじはともかく、こう思索しこう表現したつくみず先生の心象を、理解を拒まれているわけではないにも関わらず、自分が一生、完全には理解できないであろうこと、

にも関わらず、この作品をこの先の人生で何回か何十回か読み返しては

「わからんけど、なんか好きだから、もっかい読もう」

と思うんだろうな、ということ。

幼少の頃、描かれている全てやその背景を理解できなくても、それでも好きだった絵本や童話や詩がたくさんあったことを思い出しました。

うーんわからん、でもなんか心地良く、何かに触った感じがします。

何に触ったかは、まだわからない、言葉にできない。

『シメジ シミュレーション』5巻より(つくみず/KADOKAWA)

今度もっかい読もう。

 

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