
男子校、高校2年の小林大和(♂)は、小学校の2桁の割り算以来、学校の勉強についていけず、バイトでも他人が簡単にこなす仕事でミスを繰り返し、コンプレックスを感じていて、その裏返しでヤンキーとして振る舞い、授業中も真面目に受けずずっと寝て過ごしていた。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
そんな小林のクラスに来た転校生・宇野啓介は、場違いに大きな声で自己紹介の挨拶をし、びっしり何かを書き込んだメモ帳を携えて、独り言を言っては笑っている少年で、早くもクラスで「ヤバい奴」と噂されていた。
学校外で宇野と遭遇した小林は、宇野が
・記憶力には優れるものの、マルチタスクや臨機応変な対応が苦手であること
・知らない人と接するのがとても苦手であること
・それらが原因で人間関係でずっと苦労してきたこと
・失敗を繰り返さないようにメモ帳に細かく教訓をメモして実行していること
・他人がいないところで悔し泣きしていること
を知る。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
「他人が普通にできることが自分にはできない」
ことに前からコンプレックスを感じていた小林は、同じような悩みを持ちながら前向きに努力する宇野に共感し尊敬し、「ヤンキー体質」と「いじめられっ子体質」の垣根を超えて親友になり、影響を受けるのだった…
という青春もの。
作者のあとがきの一節です。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
令和の世なればこそ、個別事情として「生きづらさ」や「その原因となる体質・症状」には名前がついていて、それらの概念はだいぶ認知されています。
が、それらの概念がまだあまり浸透していなかった平成におそらく青春を過ごしたんであろう作者は、「時代背景」を鑑みて作中でそれらの言葉を使うつもりがないようです。
概念は、名前がつくことによってクローズアップされ理解の解像度も上がる反面、「あー、●●の話ね」とラベルによる浅い理解で個別事情や人物に対する理解をかえって阻害することもあります。
「あー、萌えってやつね」
「あー、推しってやつね」
と、既知の名前のついた概念の棚に収納できることで安心して、目の前の人や出来事について考えるのをやめてしまう、思考停止してしまうことが往々にしてあります。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
目の前の人や出来事について考え続けることは意外としんどいですし、ましてやそれが
「自分が他人より劣っているところ」
であれば、向き合い考え続けることは相当しんどいですが。
大人になると割りと
「苦手なことから逃げる」
「苦手なことに近づかない」
が許される場面は多々あるんですけど、学校の教室は狭く、強制イベントも多いですしね。
と、重たく暗くなりそうな要素を描いた漫画作品ではあるんですが、不思議な軽さと明るさを感じる作品。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
ハンデを感じていてもめげない若い彼らの「不屈」さがそうさせているようにも思いますが、何より彼らが「独りじゃない」ことが大きいように思います。
「オタクに優しいギャル」ならぬ、
「いじめられそうな子に優しいヤンキー」
「いじめられそうな子を尊敬し影響され成長するヤンキー」
は、この漫画が吐いている嘘ですが、自分はそれをとても好ましい「優しい嘘」に感じるし、「吐き続ければいつか本当になる嘘」を吐くのも漫画の役割の一つであるように思います。
読んでるだけで自分がいい人、心の優しい人になったように錯覚してしまいそうになりますが、
「自分は漫画読んでるだけ」
と肝に銘じつつ、でも漫画読んでるうちに心の優しい人に、なれるといいなあ。

『君と宇宙を歩くために』1巻より(泥ノ田犬彦/講談社)
評判に違わず良い作品、読んでよかった。
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