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あ、今日読んだ漫画

#朱のチーリン 2巻 評論(ネタバレ注意)

『三国志』蜀の後期に活躍した武将・姜維の、オリジナルキャラが結構活躍する、創作性の強い伝記フィクション。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

中国歴史もの漫画は、『封神演義』、『蒼天航路』、『キングダム』のようにハネる作品があったかと思ったら、早期に打ち切りの憂き目に遭う作品も多く死屍累々で、博打要素の強い不安定なジャンルという印象があります。

読んでる自分は横山光輝の漫画『三国志』とコーエーのゲーム『三國志』シリーズを通っておらず、社会人になって以降にゲーム『真・三國無双』シリーズ、北方謙三の小説『三国志』全13巻、漫画『蒼天航路』で触れた程度、「史書」も「演義」も直接触れていない、近年のフィクション・エンタメを通じてしか『三国志』に触れていない「にわか」で、歴も浅いです。

本作の主人公は姜維。

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作品タイトルの「チーリン」はたぶん「麒麟」、「天水(地名)の麒麟児」と号される姜維を指し、「朱」は本作における姜維のイメージカラーかな。

北方『三国志』では、魏から降って諸葛亮に師事し、その遺志を継いで北伐に執念を燃やすことになる武将。

『三国志』の錚々たる英雄たちが退場した後に現れた「遅れてきた青年」で、諸葛亮の頭脳と趙雲の武勇のいいとこ獲りで足しっぱなしにしたチートキャラ、ゲームなどのビジュアルの影響で源義経・沖田総司と並んで「美少年に描かれがちな歴史上の三大非業イケメン」というイメージ。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

本作でも例に漏れずイケメンで、既に諸葛亮から資質も認められています。

1巻、姜維の背景や因縁が語られるプロローグ的な1〜3話で幼少期・ローティーンぐらいの年齢、4話で時間が15年ほど飛んで青年期になって本格的に話が転がり始めますが、既に曹操も劉備も関羽も張飛も馬超も没後。

才知と武勇とルックスを兼ね備えたチート主人公、みたいなスペックの割りに語られることが少ないのは、この時代的な「『三国志』終わりかけ感」のせいでしょう。

残ってるのは諸葛亮、魏延、司馬懿、確か趙雲と孫権はまだ生きてるか、馬謖は今巻冒頭で死にました。周瑜は確かもう死んでる。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

姜維を主人公にすると、この「スター不足」に陥るんですが、この作品はそれを三つの別の要素で補っています。

一つは「宗教と民族」。

漢の時代に国教化された儒教をアイデンティティにマジョリティとして振る舞い、羌族などの異民族・少数民族を逼塞させる漢民族。

孔子の時代から既に数百年が経過したこの時代、価値観の異なる異民族への差別を正当化するツールに悪用される儒教。

二つ目は姜維のルーツに関するフィクション要素。

漢民族として価値観が儒教の影響下にある姜維ですが、羌族を祖先に持つ可能性が示唆されており、アイデンティティが揺らいで煩悶する様子が描かれます。

三つ目はオリジナル・キャラ。

姚宇という、姜維と同世代の羌族の少年〜青年が、「敵なのか、友なのか」という、姜維の対になる重要キャラとして登場し、ルーツとアイデンティティに揺らぐ姜維に「お前はそれで良いのか」と命題を突きつける役割を負っています。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

今巻は第一次北伐の敗戦撤退の直後から、第三次北伐まで。

配下の武将となった姜維に、諸葛亮は羌族の取りまとめを期待するが…

「蜀=多民族国家」に着目し、重要なオリジナルキャラを配置してるだけあって、儒教・中華の歴史と絡めて、異民族間の軋轢の描写が非常に多いです。

割りと成り行きで状況に流され気味、「親を殺されたのでその仇をとる」というシンプルな行動原理の姜維の動機が、今巻で早くも崩壊? ちょっと迷子気味。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

親の仇のはずの姚宇が味方になり、また漢民族のアイデンティティである中華史と儒教に対する疑問もかず多く呈されます。

オリジナル・キャラの姚宇の方がキャラとしての動機・目的意識やゴールが明確に定まっていて今のところ、主人公っぽい。

逆にアレですね、姚宇はオリジナル・キャラな分、姜維やその他史上の人物と違って、生殺与奪が作者の匙加減次第なところもありますね。

諸葛亮を継いで生涯を北伐に捧げた謎多き姜維の、動機に絡んでくるんでしょうかというか、もう絡んでるというか。

『朱のチーリン』2巻より(向井沙子/小学館)

『三国志』ものの割りに戦争の描写は淡白で、司馬懿も孫権も未登場。

姜維の動機と身の振り方、その背景となる情勢の描写を中心に、ある意味『三国志』らしくなく、でも読ませるなあ、という。

 

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