
西暦1236年、ジョージア王国。
かつて大貴族として王都・トビリシでブイブイ言わしていたオルベリアン一族は、反乱失敗・追放同然のイスラム圏への亡命から数代かけてジョージア王国に復命したものの、王国領アルメニアの一番端、スィウニク領主に封じられる不遇に甘んじていた。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
大貴族として王都への返り咲きを狙う一族だったが、先代当主・リパリトは何者かに暗殺されており、長男のエリクムが当主を継いでいた。
そんな中、版図を広げるモンゴル帝国がジョージア王国に侵攻。
王国領アルメニア、スィウニク領も例外ではなかったが、オルベリアン家当主のエリクムと弟スムバトは、モンゴル帝国への寝返りによる一族の栄達を狙う。
という、13世紀のジョージア王国を舞台に史実を創作で埋めた歴史フィクション。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
自分は社会科の選択が日本史を選んだせいで世界史に疎いです。
ので、まずは地図の確認。

「スムバト」はほぼこの漫画作品しかヒットしません。
www.google.com
その他、実在してWikipediaがヒットする項目。
ja.wikipedia.org
ja.wikipedia.org
作中のジョージア王国女王ルスダンの在位が1223年-1245年、同作者の別作品『天幕のジャードゥーガル』作中のモンゴル帝国皇帝オゴタイの在位が1229年-1241年なので、
ja.wikipedia.org
だいたい同じ時代が舞台の作品、「モンゴル帝国と侵略された国」シリーズ、な感じでしょうか。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
作中のモンゴル帝国のジョージア侵攻は1236年、日本の「元寇」が文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)。
ja.wikipedia.org
まだ序盤も序盤ですが、スムバトたちオルベリアン一族が割りとあっさりモンゴル帝国に寝返るに至った経緯が、スムバト子ども時代からの長い回想をまじえて丁寧に描写されます。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
「ヒャッハー、おんもしれー!」という面白さというよりは、「ふむふむ、それでそれで?」とぐいぐい続きを読ませるトマトスープ節。
世界史に疎い自分にはググっても出てこない、ジョージア王国のWikipediaにも出てこないスムバトさんが、何をしたら「奸臣」などと呼ばれることになるのか、現時点ではまだわかりません。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
まあ、国は裏切っとるけども、誰から見て「奸臣」なんでしょうね。
ちなみに「奸臣」、
日本史の史料上はあんま馴染みのない言葉で、強いて言えば石田三成?だそうです。
フィクションで言えば『銀英伝』でロイエンタールが反乱を起こした時、「君側の奸」としてオーベルシュタインを名指ししてましたね。

『奸臣スムバト』1巻より(トマトスープ/新書館)
じっくり描いていくタイプの作家なので、すでに面白いとは言え、タイトルロールのスムバトが「奸臣」として本格的にエンジンかかるのは3巻ぐらいからでしょうか?
aqm.hatenablog.jp