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あ、今日読んだ漫画

#Bバージン 1〜15巻 【完】 評論(ネタバレ注意)

年末年始で新刊が発売されないので、過去に発表された名作を読み返します。
今日は「Bバージン」です。

 

「知らないの?バージンには3種類あるって話。
 A・B・Cって3種類。バンドの曲であるのよ!

 すっごいお嬢とかお坊ちゃんでやれないのが、Aバージンでー、
 オタクとかで相手にされなくてやれないのがCバージンでー、

 『君を大事にしたいから他の女とはやらないぜ』ってやつ…
 やろうと思えばやれるけど…バージン…それが少女の夢…
 あなたの宿命…Bバージンよ!」

年末年始の休みで暇な時間を漫画を読むことで費やそうと、おそらく10年ぶりぐらいにこの作品をkindleで全巻買い戻し、半日かけてイッキ読みし終わって、これを書いている今ハァハァ言っています。ジェットコースターのような展開の連続で5巻ぐらいの時点で既に心が疲れてしまって、ずっとヘトヘトになりながら読んでいました。心臓がバクバクいってるし、なんかもう頭痛い。

 

作者・山田玲司について

作者の山田玲司は多摩美大在籍時の20歳で漫画家デビューを果たしますが、ヒットに恵まれず、最終巻の作者のあとがきによれば4年間で6回の連載打ち切りを経験し、7作目のこの作品のヒットで晴れて人気漫画家の仲間入りを果たします。

ちなみに本人は江川達也のアシスタントを経験し、またキャリアの当初は多摩美の漫研の後輩だった冬目景やウエダハジメが彼のアシスタントを務めたとされています。また同じく多摩美の漫研の後輩の沙村広明にプロへの道を勧めたとされています。

この作品の後、「アガペイズ」「絶望に効くクスリ」「ゼブラーマン」「美大受験戦記アリエネ」などに代表される作品を描く傍ら、恋愛相談・人生相談・講演・動画配信などにも手を広げ、ニコニコ動画にチャンネルも持って活動しています。

ch.nicovideo.jp

頭の回転が早くまた喋り慣れていて、様々なテーマに対してベラベラベラベラまーよく喋るおっさんですw

今回この作品の記事を書くにあたりチャンネルを「Bバージン」で検索してみたら、ありました。山田玲司本人が語る「Bバージン」。観ると引っ張られそうなので自分もまだ観ていませんが、記事の最後に貼っておきますので、よっぽど「Bバージン」お好きな方は観てみてください。60分近くあります。

 

「Bバージン」について

「Bバージン」は山田玲司による作品で、1991年から1997年にかけて週刊ヤングサンデーに連載されました。私もリアルタイム読者でした。

高校の生物部で冴えないカメオタクだった主人公が、校内で一目惚れした同級生ヒロイン・桂木ユイと付き合うために姉や妹から猛特訓を受け、同じ大学に入学と同時に「大学デビュー」し、ユイと付き合うために悪戦苦闘しその過程で成長していく、という恋愛青春漫画です。

作者は「第一部」等の区分けをしていませんが、整理して話すため便宜上ストーリー進行に合わせて勝手に以下の通り区分けします。

第一部:アリサ、サエキとの四角関係編(1〜6巻途中)

第二部:ミル、モトミとの四角関係編(6巻途中〜13巻途中)

第三部:秋とユイ編(13巻途中〜最終15巻)

作者の恋愛観を良くも悪くも色濃く反映した作品で、特に第一部では作者の恋愛遍歴から得た恋愛テクニックのハウツー・TIPS語りな側面がマニュアル的に偽悪的に描かれ、作者の恋愛や女性に対する不信や諦観の一端と、主人公・秋に何かを託す想いが漏れ出ているように見えます。

またバブル崩壊の前後をまたいで連載された、'90年代の同時代性の強い作品であることから、現在から見ると作中の文化や社会規範に大きな隔たりを感じます。

 

「Bバージン」の時代性

バブル経済とその崩壊の影響、当時の社会規範については小項目で語ることとして、その他の作劇に関わる時代性の話をすると

・スマホはおろか携帯電話も普及前で、作中ではポケベルが登場します

・インターネットも普及前です

・リュック・ベッソン監督「グラン・ブルー」は連載開始の3年前、1988年公開

・直接関係ありませんがTVドラマ「東京ラブストーリー」の放映は「Bバージン」連載開始と同年の1991年でした

・連載時期前半の1993年にJリーグが設立され日本でサッカーブームが起こります

・連載時期前半の1993年に小沢健二のCDアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」発売

・「イケメン」という言葉はまだ普及していませんでした

・「電車男」の最初の書き込みは本作品完結の7年後、2004年

あとなんかあったかな。

 

バブル崩壊

Wikipediaによるとバブル崩壊は「1991年〜1993年」とされ、もろにこの作品の連載前半期に当たります。

1巻第1話の、裕福な家庭の子女が多いらしい都心の大学の新歓コンパのシーンでは大学新入生の主人公たちが肩パットの入ったブランド物のスーツで決めて登場し、立ち上げたサークルは「ゴールド」と名付けられ、秋の恋敵として登場した佐伯は「ヤンエグ」と呼ばれるなど、バブルの色濃く作品がスタートします。

が、1巻の半ばで既にモノローグで

後にいう六本木黒服文化の終焉である

かつてあれほど栄華をほこった、吉川コージペイズリー時代は、あまりにザンコクに幕を閉じたという。

と語られ、作中でキャラクターたちが飲みに行く店もおしゃれな高級店から庶民的な居酒屋に徐々にシフトしていくなど、バブリーな価値観はなりを潜めていき、時期を合わせるようにバブルの象徴のようなキャラクター、アリサや佐伯も

第一部:アリサ、サエキとの四角関係編(1〜6巻途中)

の終焉とともに恋愛模様のテーブルから退場します。

 

当時の社会規範

倫理感についても、ネットの炎上によって社会規範が変化していく前の時代だったこともあり、2020年の現在とは異なる…異なるわけではないですが、現在は隠然と行われる行為がこの作品では公然と描写されます。

現役合格で18歳の大学新入生たちが公然とタバコを吸い、コールで酒をイッキ飲みします。

 

秋の恋愛の師匠の役どころの姉・春子やホストでゲイのヒデさんは、童貞イジリとオタク蔑視で秋を罵倒した挙句、

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(「Bバージン」2巻より)

「女なんかさっさと酔わせてヤっちまえ」「できねえならお前はホモになるしかねえ」と、今で言うあらん限りの炎上ワードで秋にハッパをかけます。

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(「Bバージン」3巻より)

実際のところ、もちろん基本的に倫理感が森田健作な秋が「酔わせてヤっちまう」ことはないんですが、この辺、ヒデさんというキャラクターは、コメディとしての毒舌ツッコミの役回りとして極端に描かれていますが、時代性というよりむしろ、当時の作者の偽悪趣味というか、女性や恋愛に対する諦観や絶望が色濃く反映されて、作者の頭の中の天使が秋で、悪魔がヒデさん、として描かれているように見えます。

 

ちなみに私はこの作品のこれらの描写を批判しません。ずっと後年になって作品を差別的だと批判することはフェアではなく、責められるとすれば漫画に反映されたその時代の社会規範こそが責められるべきだと考えています。

いま現在の連載だったら問題作扱いで炎上間違いなし。炎上しても描き続けそうな作者ですが、そもそも時代性に敏感な作者なのでこういう描写はもう描かないでしょう。

 

また、作品の特性や作者の思想から、過激な環境保護団体が主人公の味方側に登場します。

 

ストーリーラインの変遷

先に書いたとおり、この作品はストーリー進行が(私によって勝手に)三章に分類されます。

第一部:アリサ、サエキとの四角関係編(1〜6巻途中)

第二部:ミル、モトミとの四角関係編(6巻途中〜13巻途中)

第三部:秋とユイ編(13巻途中〜最終15巻)

 

第一部:アリサ、サエキとの四角関係編(1〜6巻途中)

作品冒頭、わずか4ページの高校時代のエピソードの後、姉妹の猛特訓によりイケメンに生まれ変わった秋が大学デビュー、難攻不落のユイを口説くのに手間取ってる間に、秋はキャンパスクイーンのアリサに迫られ押しかけ彼女みたいなことになり、片やユイにはヤンエグの彼氏・佐伯がいることが発覚し、アリサと別れたり佐伯と対決したりユイと別れさせたりアリサの自殺未遂?があったりフタマタ状態になったりユイにフラれたりアリサにフラれたりと、いろんなことが起こります。

作劇の特徴として、ユイと上手くいくチャンスの瀬戸際で必ず何か事件が起こり、止むに止まれぬ事情でユイと引き離され、また距離を縮め…を繰り返し、およそほのぼのとした日常パートが存在せず、主人公に常にストレスをかけ続ける手法はメロドラマ的です。

バブリーな文化を背景に、秋の行動原理も姉に叩き込まれた恋愛マニュアルに忠実で、そのことがかえってユイの不信に繋がります。

また近年のラブコメでは「読者のストレスになる」としてめっきり見なくなった主人公のライバル、恋敵として佐伯が現れ、秋と読者の焦燥感を煽ります。

最後は邪魔者の佐伯もアリサも恋愛市場から退場するものの、秋はユイまでもを失って状況はぐちゃぐちゃで、いろんなことが重なって秋を取り巻く環境が大きく変わります。

いやもう、イッキ読みするとこの辺でもうヘトヘト。

あと、脇役でユイの親友のミホがすごくいい子なのにあの扱いで、連載当時に作者に結構マジ切れしてたのを思い出しました。

 

第二部:ミル、モトミとの四角関係編(6巻途中〜13巻途中)

たぶんこの辺からもう当初の予定になかった展開だと思います。最終巻のあとがきによると、打ち切り続きの状況を打破するためにアドバイスに従ってメッセージ性を抑えてとにかくチャラい漫画を描こうと始まった漫画だったそうです。

恋愛マニュアルに従って行動することに見切りを付けた秋は、カメオタクに回帰してその道のプロになることを目指します。今で言う「好きを貫く」というやつ。ユイとも復縁手前までいきますが秋はユイを待たせることを選択し、その隙にユイにはサッカー野郎のモトミが、秋には志を同じくするミルが現れ、再び、しかし第一部よりより深刻な四角関係に陥ります。

シナリオの迷走も顕著で、なぜかユイを巡ってモトミとPK対決することとなり、10巻はほとんどPKの特訓してるだけ、11巻はほとんどPKの勝負してるだけという、なんの漫画だかよくわからない展開に。

ただなあ…この一見迷走気味なPK対決編が多くの良キャラと良エピソードを生み出して、すごい好きなんですよね…PKの秋の覚醒、ド脇役のヨーコがよかった。12巻のカルロスとケージと海に行くシーン、沁みるんだよね…その後登場しなくなるド脇役なんだけど。

なんのためのPK対決だったのかよくわからないカオスの中、迷走は続き舞台は突如沖縄へ。何やってんのこの人たち、という展開で、もうなんでもいいから早くくっついてくれー!!という状況から更にウルトラ展開へ。迷走しながらも疾走感でねじ伏せるスタイル。

バブル色や恋愛マニュアル色が鳴りを潜め、渋谷系やチーマー文化が登場。また佐伯やアリサなどの恋愛市場から退場したキャラがいい味出しながらバイプレイヤーとして復帰。

あの扱いだったミホにやりすぎなくらい救済が入ります。いいのか、それで…ミホが幸せなら…まあ、アリで…

比較的出番の多い重要なキャラにも関わらず、ラモの描かれ方は徹頭徹尾、話を進行させるための装置で、作者はこのキャラに何の教訓性もメッセージも持たせていません。

 

第三部:秋とユイ編(13巻途中〜最終15巻)

ウルトラ展開から間髪入れずに、作品を畳むスケールが大きく劇的な最終エピソードの伏線張りに入ります。恋敵ではなく、初めて明確な悪役が登場。

ピンチ、と言うより秋に「信念をとるか、女をとるか」のスケールのデカい選択が迫られ、その結果としてユイを巻き込んだ最大のピンチに。オールスター総出演で2人を支え、ミステリアスだったユイの本心が明かされ、美しく哀しい作者入魂のラブシーン。

ビターでスイートなラスト。第1話に掛けた最後のやりとり。

第三部に入った時点ですべて決まっていたはずで、迷走することなくラストまで一直線、疾走感にハフハフ言いながら読みました。つーかーれーたー。

あとAバージンとかBバージンとかどこ行ったのwww

 

桂木ユイのヒロイン像

「あたし、かっこいい人ダメなんだ。ごめんね…」

この作品は多くの魅力的な脇役たちが支えていますが、結局のところ秋とユイの物語なので、秋とユイの話をします。

 

連載当時はネットが普及するギリギリぐらいだったので、自分はこの作品やユイのヒロイン像について議論されたものを読んだことはないんですが、だいたい少年誌や青年誌の恋愛もののヒロインはあまり評判が良くないと相場が決まってます。男性向け作品の読者は早く主人公とくっついて欲しいと思っていて、ヒロインは基本的に言を左右にそれを引き延ばす立場だからです。

特にユイは、読者視点でも心象がわかりづらく、ウジウジとした恋愛禅問答は長く、当初は年上の彼氏も居て、主人公の恋敵に心が揺れ、第1話の秋の評価からして

中道保守女、「キズつきたくないからブサイクでも優しい人がいいの」主義

です。

またこの作者に限った話ではないですが、主人公の恋心に説得力を持たせるためにメインヒロインを可愛く描こうとすればするほど、性格のあざとさばかりが浮き上がってしまいがち。ルックスも背は高すぎず清楚な長い黒髪で顔立ちはあどけなく。

アリサとかミホとかの方が自由度高くて生き生きしてたよね。

 

にも関わらず自分はユイが大好きで、 クライマックスの美しいラブシーンとラスト、ほんとに良かったなと思います。

なんでユイを好きなのかは、男にとって都合が良くない面倒臭い「逃げる」女の方が落とした時に可愛く見えるとか、秋とユイの長いグダグダの責任の半分以上は秋の秘密主義のせいだからとか、可愛い以外とりえがなかった女が最後は萌に負けないぐらい腹の据わったアネゴになったよねとか、理由はいろいろ思いつくんですけど、結局のところ、この作者の描くメインヒロイン顏が好きなんだと思います。

作者はことあるごとに「自分は絵が下手だ」と謙遜しますが、「多摩美を現役合格した漫画家が絵が下手なんてことがあるんだろうか?」と素人ながら思いつつ、とりあえずこの作者が描く女の子、いいわ。

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(「Bバージン」15巻より)

可愛ユイ。

鼻の横影を描いて、口との距離が非常に近いの流行ってましたよね。

表情がなあ、やっぱ女の子大好きな作者で、女の子の可愛い表情の微妙なニュアンスよく見てて、漫画で再現しようとしてますよね。

 

住田秋の主人公像

「シ…シベリアの…シベリアのキツネは…ふ…ふだん…単独行動してるんだ…
 とてつもなく広い大地でさ…出会うメスなんかめったになくて…
 つまり…もう…彼女をはなしたら終わりなわけで…
 彼女のためなら…命がけで他のオスとも戦うしなんだってする…

 こ…この国は人が多すぎるから…
 本当はたった一度の出会いなのに…みんなそれに気付かないんじゃないかって…

 ぼ…僕は…女の子を選べる様な立場の人間じゃないから…
 ほっ…本当の僕は…女の子を選べる様な人間じゃないから…
 …それが…わかるんだ…」

ここ一番で動物の話をしてしまう男。

秋を特訓した姉の春子が、自分の理想を秋に仮託してるという会話がありましたが、それはヒデさんも一緒で、作者も一緒だろうと思います。作者自身も生物オタクで漫画オタクだよねそもそも。

春子はともかく、ヒデさんの偽悪的なアドバイスは読者に見せるためのもので、秋が実践したこと実は一度もなかったんじゃないかな。

物語を動かすのは往々にして登場人物の錯誤だったりしますが、この作品を動かした錯誤は、ユイのコンプレックスからくる秋に対する不信と、秋の秘密主義だったと思います。元が元だけに秘密を打ち明けるのは中々勇気が出ないのは仕方がないとはいえ、ユイのあずかり知らぬところでユイのためにPK勝負をし、イリオモテヤマネコを探し、この男は一体何をやっているのか…

 

キモオタがおしゃれしたらイケメンでした的なかなりご都合主義な主人公でしたが、オタクや非モテの恋愛など、未だネットで度々論争になる話題にいち早くキャッチアップした主人公でもあり、実はマインドとしては6巻途中で既に完成されていて、やってることはトンチキで七転八倒しながら軸がぶれなかったというわけのわからないキャラだったなと思います。お前よく頑張ったわ。

「がんばれ!カメオタ男!」とでもいうか、「電車男」より13年早く、蔑視の中、オタクを隠して恋愛に臨んで挫折して、オタクを貫いて本音を曝け出す開き直りに方向転換することを90年代前半でやっていた主人公。時代を先取り…でもないか?周りもこんなもんだったっけ?

実は非モテ・オタクの恋愛の第一にして最大の関門はその導入で、この主人公はイケメン改造とナンパトークでそこ飛び越えちゃってるので、ハウツーとしては実務上ほとんど役に立たなかったはずですが、「オタクがオタクのまま恋愛していい」「でも恋愛は相手のあることである」「最終的に大事なのはオタクかどうかではない」というメッセージは、アニメ化などには恵まれなかったものの、当時のオタクな青少年の恋愛観に大いに影響を与えました。昨今はオタクの恋愛ものは珍しくもなんともなくなりましたね。

自分、人生で初めて付き合った彼女が前カレの高校教師(不倫)と切れてなくて、佐伯と対決したり別れさせたりに悪戦苦闘する秋も、ヒデさんも、他人事と思えなかったんだよね。ああ思い出しただけで胸が苦しい。バーローお前漫画なんかよっか現実の女と学校教師の方がよっぽど青少年の恋愛観と性的嗜好を歪めてくれんだぞコノヤロー漫画なんかよっか不倫と二股と教師を法律で規制しろバカヤロー。秋マジよく頑張ったわ。

 

近年見なくなったライバル達を絡めた恋愛ものですが、緊張と緩和の連続でこれはこれでやっぱ良いもんだなと思います。疾走感と没入感、やっぱ山田玲司好きだわー。

まとまりなくてアレですけど、読んでてなんかもう、疲れちゃって。

 

ということで作者自ら「Bバージン」について何を語るのか、答え合わせがてら動画を観てみたいと思いますので、終わりです。