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#SANDA 2巻 評論(ネタバレ注意)

「BEASTARS」の板垣巴留の新作・現作。

天子5年(2080年)、地球温暖化が進んで冬がなくなり、少子高齢化が進んで15歳未満人口が0.1%となった日本。

全て(? 不明)の子どもが「国の宝」として扱われ、学園に保護されて寮生活を送り、管理・教育されるようになった社会。

クリスマスもサンタクロースもはるか昔の風習として忘れ去られた日本。

中等部2年生の少年・三田(さんだ)一重(かずしげ)は、気になるクラスメイトだったはずの少女・冬村四織、握りしめた出刃包丁を振り回す四織に刺し殺されそうになっていた。

四織の要求は、三田が子どもの味方・サンタクロースに変身し、行方不明になったクラスメイトの少女・小野を探してくれること。

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「SANDA」2巻より(板垣巴留/秋田書店)

実はサンタクロースの末裔である三田は、四織が無理やり満たした条件によって白髪白髭のゴリマッチョな老人に変身してしまう…

 

どんな作家であれ、ほとんどの場合は描き始める時に頭の中に作品のざっくりとした設計図・地図のようなものはあるはずで、ある作品では主人公が海賊王になることだったり、ある作品では主人公が紅天女を演じることだったり、ある作品では主人公たちがとにかく楽しい日常を過ごすことだったりします。

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「SANDA」2巻より(板垣巴留/秋田書店)

多くの作品ではその設計図・地図のようなものはオープンになっていて、なんだったら連載の扉や単行本の帯にすら描かれていて、読者は「ああ、これは海賊の冒険バトルものなんだ」とか「少女が女優を目指す話なんだ」とか、どういう話なのか、自分の好みのジャンルなのか判断して、読み進めたり、あるいは「not for me」と読むのをやめたりします。

 

中にはこの設計図・地図のようなものがオープンにされない作品もあって、だいぶ読み進めないとどういう話なんだかよくわからない作品や、読み終わってみたないとわからない作品もあります。更にその中には読み終わってもなんだかよくわからない漫画もあったりします。

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「SANDA」2巻より(板垣巴留/秋田書店)

作品の設計図・地図のようなものが作者の頭の中にだけあって読者と約束を結ばないタイプの作品は、作中で何が起ころうと作者の匙加減次第なこと、観念的であること、読者に対して「もったいをつけている」ように見えてしまうこと、などが理由でしばしば私の様な短気な読者をイラつかせます。

それらの「読み終わって良さがわかる」作品は本来は連載には向かない、本来は読み切り・描き下ろしの中短編向けの話なんだろうなと、自分の短気を棚に上げて思います。

特に根幹の設計図を隠すことにこそ意義がある連載ミステリー作品には不利な話で、自分はもう某・大物とされる漫画家の新作は読まないことにしています。

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「SANDA」2巻より(板垣巴留/秋田書店)

この作品「SANDA」の作者は、前作を見ても割りと作品の設計図・地図が序盤にオープンにならないタイプ、自分は「どうなりたいんだかよくわからない漫画」と呼ぶタイプの作風です。

前作に続き現実社会のメタファーに満ちた複雑なテーマで興味深いんですけど、それに対して主人公の動機(子どもを守りたい)と手段(暴力)があまりにも抽象的かつシンプルすぎて、読んでてあんまり繋がってこないんですよね。

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「SANDA」2巻より(板垣巴留/秋田書店)

前作のラストが社会ではなく主人公個人の心の在り様に帰結したことに、自分は納得したので作者のネームバリューは自分に対して未だ有効で、それ故にこの漫画を読んでいますけど、前作の後半に「迷走した蛇足である」と納得しなかった読者は、この2巻でもう離れてしまったかもしれません。

ディティールは相変わらずユニークで「楽しいポイント」はたくさんある作風なので、自分の作者への信頼の貯金があるうちに、もう少し感情移入しやすく面白くなってくれたらいいな、と思います。

 

 

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