#AQM

あ、今日読んだ漫画

#ちえりの恋は8メートル 1巻 評論(ネタバレ注意)

男子高校生・小滝夢路の、クラスの隣の席の女子は身長が8mだった。

小学生時代の幼馴染だった大嶺ちえりは、中高と夢路と違う学校に進んだ後、8mに巨大化。その前後(?)にその影響なのか、夢路の高校に転校してきた。

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

国の支援と学校の協力のもと、身長8mながら高校に通うちえりのお世話係に、幼馴染の夢路が指名されたのだった…

という、ジャンプ+でWEB連載中の変則設定のラブコメもの。

「巨女ヒロイン」というと、近年では

・『GIGANT』(奥浩哉)

・映画『シン・ウルトラマン』で一時的に長澤まさみが巨大化

・↑の元ネタは元祖の方の『ウルトラマン』

・自分は読んでないけど『進撃の巨人』も含むのかな?

とか、自分がいま思いつかないのとか知らないやつとか含めて、今も昔もずっと一定の需要があるヒロインジャンル。

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

世間、ユルいなw

なんで大きくなっちゃったんだとか、科学考証的にどうなのとか、元に戻る方法はとか、社会から迫害されるんじゃないかとか、そういうシリアス要素を全部放り投げて、

「ただデッカい美少女との日常ラブコメがやりたいだけ」

という、「頭は良くないけど気持ちはわかる」みたいな動機の漫画。

「朝、起こしにくる幼馴染」とか記号化・テンプレ化の極致みたいなベタなイベントを、巨大美少女でやっとる。

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

作者がそう意図して描いてるのかどうか自分はちょっとわからないし、またおっさんの回顧話になっちゃうんですけど、内田春菊の『南くんの恋人』を思い出して比べざるを得ないですよね、この漫画。

本作とは逆にヒロインが小さくなる話で、本作とは逆に世間から隠れて暮らした、本作とは逆に哀しいラブストーリー。

まさに世間からの好奇とか迫害を恐れて、秘密を抱えて「二人の世界」に閉じこもっちゃう話。

『南くんの恋人』より(内田春菊/文藝春秋)

連載〜単行本が1986年〜1987年で、高度経済成長からバブル景気の時代に、『タッチ』、『うる星やつら』、『めぞん一刻』、『きまぐれ★オレンジロード』などの、明るかったりおしゃれだったりハッピーエンドだったりのラブコメが持て囃された時代の終わりに、

「ちょっと待てよ記号化してんじゃねえよ、恋愛とか男と女とかってそうじゃねえだろ」

とアンチテーゼを示すかというか、逆張りかますように生々しく哀しいラブコメでした。

ちょっと重たい名作なんですけど、単行本1冊で完結してサイズは手軽なので、未読の方は機会があったらぜひ。

行方不明扱いになる中、世間から隠れるように恋人の高校生の南くんの世話になる、というか飼われるように過ごしたちよみ(ヒロイン)の、「わざとやってんのか」ってぐらい真逆の、本作のヒロイン・ちえり。

巨大化して学校内の「異物」なんですけど、生活と学校生活は国がオープンに支援してくれて学校も協力的で、いじめられることもなく、校内にちゃんと女友達というか親友もいて、

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

ちえり自身もデッカくなって人助けとか頑張ってるから街の人気者、みたいな感じで、デッカくなったことがむしろポジティブに描かれてんですよね。

『南くんの恋人』と正反対の、「異物に対する、学校や社会のオープンな需要」という意味では、

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「巨女ヒロインの系譜」というよりは、むしろ一番近いのは『ルリドラゴン』なんじゃないかなと思います。あっちは今んとこ恋愛要素もないですけど。

人間の残酷さをマスクして「こうだったらいいな」っていう理想の多様性、相互理解・国家社会の理解とバリアフリーによる共存、ある意味で御伽話のように優しい世界。

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

WEB連載1話の第一印象は

「こういうの好きだけど、長くは保たないだろうな」

って思ったんですけど、無事に単行本発売にこぎつけ、今も連載は続いていて、なんだったら1巻のエピソードよりちょっと面白くなってます。

ヒロインがデッカいだけで、やってることはホントに記号化・テンプレ化されたベタなラブコメなんですけど、デカいことでなにやっても絵ヅラがちょっと面白くなるっていうのと、「優しい世界」要素が読者に求められてんのかな、という感じはします。

現実がギスギスしてっからか、近年は「優しい世界」全振りの作品も多いですよね。

好景気でトレンディ指向な世相へのアンチテーゼとして機能した『南くんの恋人』に対して、『ちえりの恋の8メートル』の「優しい世界」が、不景気でギスギスしてる世相へのアンチテーゼに図らずもなっちゃってんな、というのが絶好に対になってるなと思います。

『ちえりの恋は8メートル』1巻より(ミトガワワタル/集英社)

むしろデッカくなって喜んでるもんね、本人。

ただラブコメ漫画でよくある話なんですけど、ちえりの両親の存在、もしくは不在が1巻作中でまったく語られないんですよね。

日常エピソードの積み重ねって、作者のやり様によってはビターエンドに効かせちゃうこともできるので、その辺どう持ってくのかな、と思います。

まあでも、これで「最後、夢路を護って智絵里が死にました」とかアンハッピーエンドだったら、ちょっとしたトラウマラブコメとして伝説になる代わりに、「騙し討ち漫画家」扱いされてめちゃくちゃ荒れるよねw

 

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