『エヴァ』を創る2年前の庵野秀明によって1993年に同人誌として発行された『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の評論インタビュー集が、30年ぶりに復刻されて1月末に手元に届いて初読しました。
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主にアニメ業界の著名人へのインタビュー集なんですが、比較対象というか当時の「若手・中堅が超えられない双璧」として、富野と並んでやたらと宮崎の名前が頻出するので、
「富野と庵野の話を読んだら、宮崎の話も読みたいな」
と思っていたところに、宮崎の代表作に対する評論インタビュー集が、鴨が葱しょって飛んでくるように2月2日に発売されたので、読んでみました。
kindle版もあるよ。
すいません、また長いのであとで読んでください
本書の概要
「これは『ナウシカ』の世界を旅する中で、すでに体験したことだ」
コロナウイルス、ウクライナ侵攻、AI問題、気候変動……混迷する現代社会を私たちはどう生きるのか。
朝日新聞デジタルにて、2021年3月に第1シーズン、5月に第2シーズンを配信し、読者から大きな反響を呼んだ「コロナ下で読み解く風の谷のナウシカ」。
2022年12月に掲載された最新の第3シーズンを加え、すべてのインタビューをまとめて刊行!
コロナウイルスをはじめ、ロシアのウクライナ侵攻、AI問題、ますます激化する気候変動など、混迷化が加速する現代社会を
「人類が方向を転換せず、破滅を経験してしまった」
仮想の未来を舞台にした宮﨑駿監督の長編漫画『風の谷のナウシカ』を通して連関的に考える。
【収録著者】民俗学者・赤坂憲雄/俳優・杏/社会哲学者・稲葉振一郎/現代史家・大木毅/社会学者・大澤真幸/漫画家・大童澄瞳/映像研究家・叶精二/作家・川上弘美/軍事アナリスト・小泉悠/英文学者・河野真太郎/ロシア文学者・佐藤雄亮/漫画研究者・杉本バウエンス・ジェシカ/文筆家・鈴木涼美/スタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫/漫画家・竹宮惠子/生物学者・長沼毅/生物学者・福岡伸一/評論家・宮崎哲弥(五十音順、敬称略)
(Amazonの商品概要テキストより)
元は朝日新聞デジタルのシリーズ連載記事ですが、そもそも『ナウシカ』は徳間書店のものというか、原作漫画の掲載誌・単行本の発刊・映画の製作委員会メインなど権利関係はほぼ徳間書店(と宮崎駿)が握ってるっぽいので、
わざわざ徳間書店の許諾をとるよりは、協業して徳間書店から出版する方が早くね?って感じなんかな。編集は朝日新聞記者によるものです。
朝日新聞デジタル連載記事だと、『東京の台所』が書籍版が平凡社、コミカライズがヒーローズから出てて、こないだ買いました。
「徳間書店作品」の『ナウシカ』を徳間書店の本が評論して褒める、
というのは、それだけ聞くと結果的にいかにも手前味噌な感じがしちゃうんですけど、漫画に関してほぼ不偏不党であろう朝日新聞での評論インタビュー連載をワンクッション挟んだことで、なにかこう、評論の公正性が担保されたようなところがありますねw
主筆・太田啓之とその世代
作った人だれ。
ということで、各界の識者18人へのインタビューで、メインのインタビュアー(とおそらく企画・編集の中心)を務めたのは、朝日新聞文化部記者の太田啓之氏。
bioによると1990年に朝日新聞社に入社とあり、またまえがきで「(1982年の『ナウシカ』)連載が始まった17歳の時」とあるので、1965年前後生まれの57〜58歳前後。
同世代を、漫画の話なので漫画家で言うと、
1964年生まれにいくえみ綾、稲田浩司、河合克敏、西原理恵子、紡木たく、藤島康介、藤田和日郎、皆川亮二。
1965年生まれに岡田あーみん、さくらももこ、椎名高志、高河ゆん、髙橋ツトム、高橋ヒロシ、那州雪絵。
1966年生まれに冨樫義博、三浦建太郎、森川ジョージ、森田まさのり、山田玲司。
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漫画家以外で人生史をイメージしやすい人だと、大槻ケンヂが1966年生まれでもうすぐ2/6の誕生日で57歳なんで、バンドブーム世代でもありますね。
ちょっと早いけどオーケン誕生日おめでとう。
1965年生まれは、オタク第一世代(1960年生まれ)とオタク第二世代(1970年生まれ)のちょうど中間で、
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・『風の谷のナウシカ』漫画連載開始の1982年に17歳
・劇場版公開の1984年に19歳
・チェルノブイリ原発事故の1986年に21歳
・ベルリンの壁崩壊の1989年に24歳
・漫画連載完結の1994年に29歳前後、
と思春期〜青春期〜20代終盤に『ナウシカ』と冷戦終結がハマってて、特に青春期がバブル経済末期だったけど社会人になった直後にバブル崩壊、数年後に地下鉄サリン事件や阪神・淡路大震災や『エヴァンゲリオン』の1995年を経験した世代。
好景気で明るく軽薄だったはずの世相が、青春期が終わって「大人」になったとほぼ同時に冷戦終結にも関わらず暗転したのを経験した世代で、少年期以来読んでた、ただでさえ含蓄に満ちた『ナウシカ』が、余計に現実の映し絵や予言書めいて思えた世代だろうな、と思います。
特に新聞記者として社会を見渡し取材しながら、世相の暗転と日本の凋落を直に観測した太田氏は、90年代以降の日本現代史に対して期するものがあるかもしれません。
本書は「危機の時代に読み解く」と題されていますが、雑に言えば太田氏の過ごした時代は90年代以降ずっと危機の時代ですし、それ以前の89年までは東西冷戦でやっぱり危機の時代だった、というところはあります。
識者のラインナップと読む前の所感
似たような論評に偏らないように、インタビューする18人の相手を選ぶのにご苦労されただろうな、と思います。
例えばナウシカは、宮崎駿が彼女に託した、生命に対する慈しみや赦しなどの母性・バブみを象徴するように、おっぱいが大きく描かれているんですけど、18人の識者が全員ずっとナウシカのおっぱいの話しかしなかったら、これはちょっと趣旨が違ってきてしまうので、少なくとも17人はナウシカのおっぱいの話をしなさそうな人を選ばなければいけない、的なことです。
ナウシカは設定年齢16歳で、現在の世の中でいう「JK」に相当する年齢ですが、宮崎駿の少女に対するフェティシズムを伴った信仰や主人公としての過大な期待は、これまでも繰り返し語られてきた真面目なテーマの一つではあると思うので、そういう面で語る人はいるのかしらん?というのも楽しみに読みたいと思います。
なんと18人中、17人がWikipedia記事持ちで、残りの一人も大学の准教授です。
自分みたいなただのオタクと違って、専門分野を挟んで作品と対峙されているので、年齢とか世代論は要らんかな。
なお、自分は『ワンピースに学ぶリーダー論』とか『鬼滅の刃に学ぶ組織論』とかみたいな本とか、それらをオススメしてきて感想を求めてきて「俺は麦わらの一味でいうと誰だと思う?」ってクイズを出してきて「ウソップ」っつったら怒り出す上司とかがけっこう苦手なので、このタイトルで単著だったらこの本をたぶん読まなかったと思います。
「ウソップ」はDISじゃないよねえ?
じゃあ、読みます。
順番は本書内の掲載順、肩書きは本書内の表記に準拠。
核心には触れないように概略と、寸評。
鈴木敏夫(スタジオジブリプロデューサー)
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ご存じスタジオジブリのプロデューサーで、宮崎駿に『風の谷のナウシカ』を描かせた張本人。
・『ナウシカ』連載開始までの紆余曲折
・漫画終盤に関する宮崎と鈴木の齟齬
・監督・宮崎と漫画家・宮崎の作劇手法の違い
・『ナウシカ』完結から現在までの世間の反応に対する、宮崎の反応
など裏話中心。原稿料までバラすな。
『逆シャア』と『ナウシカ』の二冊の評論インタビュー集で、唯一両方で語ってる人。
常識人ぶってるけど、富野・宮崎・庵野と、多かれ少なかれ関わって影響を与えていて、だいたいこの人のせい、という感じ。
杏(俳優)
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知らない女性俳優さんだ、と思ったら渡辺謙の娘なんですね。
・『ナウシカ』と日本の伝統習俗
・俳優としてクシャナ、ナウシカを演じるとしたら
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・ナウシカと母、クシャナと母
・テトについて
完結して長いこと経っていろんな人に語られてきた作品ですけど、初めて見るような独自の切り口というか、女性俳優が『ナウシカ』をガチ語りしてんの見るの、たぶん初めてだもんな俺。
俳優として、娘として、母として。
叶精二(映像研究家)
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「映像研究家ってなんだ、映画評論家・アニメ評論家じゃないのか」と思ったんですけど、「できたもん」じゃなくて「創り方」を評論する仕事っぽい。
「高畑勲・宮崎駿作品研究所」ってなんだその面白そうな研究所。俺も入れてくれ。
他、複数の大学で講師。
・宮崎の初期の来歴
・宮崎の漫画デビュー作『砂漠の民』(1969年〜1970年)
・漫画と映画の違い
・『ナウシカ』連載期間の宮崎の様子
この人の話も裏話中心。
ジブリ映画の作風が変化したターニングポイントの話、面白いね。確かに。
小泉悠(軍事アナリスト)
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最近、特に昨年来、ニュース・記事でよく名前と顔を拝見しますね。
・『エヴァ』と『ナウシカ』
・敗戦と腐海
・中世期として描かれる『ナウシカ』の戦争
・戦争の「キャラクター」と「ネイチャー」
・「戦争がかっこいいのはウソ」の嘘と脆弱性
宮崎の戦争カルチャーに対する表層的には「矛盾(ミリオタで反戦)ぽく」見えるスタンスに対する共感とその解説。
川上弘美(作家)
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1996年に『蛇を踏む』で芥川賞。2019年に紫綬褒章。
・ナウシカの囲い
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・現実にナウシカはいなくてもいい
・ボーヴォワールへの質問
「囲い」という表現、ナウシカの聖女性・聖母性を「刹那的」とする表現が面白い。
福岡伸一(生物学者)
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大学教授、専攻は分子生物学。「生命を操る技術」の人なんかな。
・地球と人間
・ロゴス(論理)とピュシス(自然)
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・ナウシカと煉獄さん
専攻は18人の中で一番「シュワの墓所」に近いところいる人なのかなと思うんですけど、意外(失礼)と地球と生命に対して謙虚と言うか、人間に対して「原罪」的というか…いや、「シュワの墓所」の旧人類に対する解釈は「原罪」的でいいのか…?
というか遺伝子の人が漫画に出てくるマッドサイエンティストみたいに
「フハハハ! ついに人類は永遠の生命を手に入れたぞ!」
とか言ってたら、そっちの方が怖いしな。
竹宮恵子(漫画家)
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漫画家、「24年組」。代表作に『地球へ…』、『風と木の詩』。
・漫画家としての宮崎駿の異質性
・『地球へ…』との共通性
・人工的な管理社会への反抗
物語のAI管理のディストピアは若者に壊される運命であることが多い。というか壊さなかったら物語にならないか。栗本薫の『レダ』とか最後どうなったっけ。
余談ですけど、80年代後半にアニメ雑誌を購読してた頃に『風と木の詩』の特集記事や広告がよく載ってて、「これがやおいか…」って思って、「見せてもらおうか、やおいの実力とやらを!」って思って、全巻買って読みました。当時「なんか凄かった」ことだけ憶えている。
BLって言葉はまだなかった。
(※界隈に詳しくないので『風と木の詩』を「やおい」「BL」と形容することに気を悪くする人がいたらごめんなさい 文脈というか創り方が少し違う気がしますね)
鈴木涼美(文筆家)
ja.wikipedia.org元・日経新聞記者で文筆家。
・腐海と「夜の世界」「夜の街」
・ナウシカとクシャナのシスターフッド
・清浄と汚濁のせめぎあい
鈴木自身のアイデンティティやシンパシーが社会のグレーゾーンやアウトサイダーに寄っている分、汚濁もあるがまま尊ぶ漫画版のナウシカをよりリアルにリスペクトしている。
あとクシャナ好きすぎw クシャナ姉さん、かっけーよな、生き様が。
河野真太郎(英文学者)
ja.wikipedia.org
英文学者、大学教授。
・第二波フェミニズムとポストフェミニズム
・ナウシカとクシャナのシスターフッド
・ナウシカと母、クシャナと母
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・宮崎作品と反出生主義
未来が舞台、かつ中世的な価値観で回ってるフィクション世界で生まれながらの特権階級というか「王位継承権を持つクシャナ」「族長の娘であるナウシカ」と、現実社会で歴史を積み重ねてきたフェミニズムを、どこまで照らし合わせたもんかな、とはちょっと思います。
ただ、傑出した少女が女であったというだけで後継として少し残念がって語る父親、というのは、中世が舞台の歴史フィクションにおいては凡庸でありふれてるんですけど、ナウシカの心に刺さった棘ではあったのは確かだろうし、凡庸でありふれてるだけによりナウシカの内心をささくれ立たせていただろうとも思います。
革命前後の時代や明治・大正時代を舞台にした作品に出てくる、進歩的な「お転婆娘」ヒロインと重なるところが、ナウシカにはありますよね。
大童澄瞳(漫画家)
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漫画家。『映像研には手を出すな』を連載・刊行中。
・宮崎が描く舞台・メカ・兵器のセンス、裏付ける教養
・地球の生命多様性の中での人類の特異性と可能性
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・漫画の情報密度と演出、読者のリテラシー
人類を地球にとっての癌細胞のように語る論調が多い中、「イレギュラーとしての役割と貢献」に着目してる点で異彩を放っている。
宮崎の才能を愛しすぎて「600年ぐらい生きてずっと映画と漫画つくって欲しい」とか自分が永野護について言ってることと同じこと言い出してて草。
杉本バウエンス・ジェシカ(漫画研究者)
www.world.ryukoku.ac.jp
ベルギー出身、バンドデシネ育ちで博士課程から来日。
大学准教授、国際学部。専攻は映像・漫画を中心に文化論。
・バンドデシネと『ナウシカ』
・テトについて
・ナウシカと『エイリアン』
・母性の持つ慈愛と残酷の両面性
フランス語圏における日本漫画と宮崎と『ナウシカ』の評価、バンドデシネ、ハリウッド映画、キリスト教文化と、視野や切り口がグルーバルな割りに、テトや宮崎の飼い犬に着目するなど作品に対する着眼点も細やか。
そうか、アレは確かに浦島太郎だ…
つい最近、漫画賞まとめ記事を作った際にお名前を拝見して、
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文化庁メディア芸術祭マンガ部門(2022年で終了)の審査員をされてました。
大木毅(現代史家)
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作家、軍事史研究家。どっちが本名だっけ。
・『ナウシカ』で描かれたドクトリン、戦闘教義の参照先
・トルメキア-土鬼戦役と独ソ戦
・ナチズム、スターリニズムと「シュワの墓所」、ナウシカの判断
・絶望と相対する宮崎駿の精神力
めっちゃ独ソ戦語る。
宮崎作品の軍事面を戦略や安全保障を中心に語る小林悠に対し、戦術と戦場を中心に。
経歴に防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師など。
ヤン・ウェンリーが希望通り軍人辞めて戦史研究家とかになったら、『戦争は女の顔をしていない』の監修をしたり、『ナウシカ』についてインタビューを受けたりするんだろうか、とか思った。
宮崎哲弥(評論家)
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評論家、思想家、テレビでお馴染み。
・『ナウシカ』連載時の思想潮流の背景
・ナウシカと神話や釈迦との符号
・思想の闘争を超えた哲学の対決、ナウシカが至った境地
・『かぐや姫の物語』との対比
プロデューサーとして作品に冒険活劇のエンタメ性を求めていた鈴木敏夫が、思想・哲学色を強めた終盤の『ナウシカ』を「いってらっしゃい」と見送った先で、「いらっしゃい」と迎えた読者の代表、という感じ。
語る出典が多方に飛び、草薙素子と笑い男の会話を聞いた荒川の
「外部記憶を頼りにしなければ、さっぱり理解できない会話だな」
とのセリフを口にしたくもなるけど、そもそも専門家へのインタビューであり、これをスノッブと感じるのはむしろ単純にこちらの読書量が不足している自覚とコンプレックスの裏返しだろうと思う。
稲葉振一郎(社会哲学者)
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大学教授で、専門は社会倫理学。著作に『ナウシカ』の評論本も。
・現代の古典・神話としての『ナウシカ』
・『ナウシカ』が描かれた時代のコンテクスト
・「最終戦争」が終わっても生き延びてまた戦争している世界
・『ナウシカ』と『エヴァ』
シュワの墓所と対峙した『ナウシカ』を「神話崩し」の物語としながら、同時にその『ナウシカ』自体を「現代の古典で神話」としている点が面白いな、と思ったんですけど、『神話に挑み超克すること』が人間の本質であるなら、『ナウシカ』自体もまた誰かに超克されねばならない理屈だよな、と。
『逆襲のシャア友の会』で当時の若手・中堅のアニメーション作家たちが語った閉塞感というのは、冷戦終結とバブル崩壊を迎えてその先が不透明だった時代性ももちろん背景にあったと思うんですけど、「生ける神話」として聳え立ち続ける富野と宮崎を超克できない苛立ちでもあったんだな、と妙な符号を感じたり。
(追記)
稲葉先生が徳間書店の許諾のもとに編集前の全文をブログで公開されてます。
shinichiroinaba.hatenablog.com
(追記終わり)
赤坂憲雄(民俗学者)
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大学教授、民俗学者。「東北学」を提唱。東日本大震災後の著作に『ゴジラとナウシカ』、『ナウシカ考』など。
・『ナウシカの世界』がリアルに感じられる時代
・権力を無化する仕掛け
・カリスマの条件とクシャナのその後
・壊れてしまった母性の再建
著作『ナウシカ考』が宮崎に読まれ「こんなこと考えて描いてなかった」と面白がられてる逸話が、作品と評論の対峙を良い意味で象徴しているな、と思う。
現代論において、根拠があやふやな俗説を論拠として取り入れた論理の補強が見られ、「大丈夫かな」と思わないでもないが、民俗学においては「大衆の間で語られ支持された」という事実を、それが現代であっても「伝承」として捉えて研究対象とするものなのかな。
そもそも「漫画」の内容も、現実を戯画化した映し絵ではあってもファクトではないので、「漫画作品やその受容を根拠に社会を語る」のも、同じことか。
『ナウシカ』という名の伝承であり、民俗ですね。
長沼毅(生物学者)
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大学教授、生物海洋学、微生物生態学。
・腐海システムの実現の可能性
・ナウシカの人間観の瑕疵
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・人間同士、人間と自然の共生
本書の中でただ一人、「シュワの墓所」でのナウシカの判断に保留なくキッパリ反対していて面白い。少数派。
先生とはまたちょっと違うんですけど、自分は
「王蟲と同じく青い血を流した"シュワの墓所"は、ナウシカに"生き物の仲間"に入れてもらえないんだな」
という疑問を長年持っています。
たぶんそれは、「AI(人工知能)・ロボットだから」ではなく「個を持たず、他を抑圧するシステム(悪神・祟り神)に成り果てたから」で、神殺しというよりもある種の正当防衛・緊急避難のような判断、生存競争・サバイバルだったとは思っているんですけど。
佐藤雄亮(ロシア文学者)
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モスクワ大学講師、専門はロシア文学、トルストイ研究。
・トルストイ『戦争と平和』と『ナウシカ』
・ニヒリズムと「生命の燃焼」
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・『On Your Mark』と『ナウシカ』
『ナウシカ』読んだことのない人に主筆が『ナウシカ』全巻送りつけて「読んで感想語ってくれ!」って素人目に一見めちゃくちゃに感じるんですけど、識者への書評の依頼ってそりゃそんなもんなんだろう。先生も面白かったということで、良かった。
『ナウシカ』は読んだことないけど『On Your Mark』は前から大好きで大学の講義でも使ってきたというのも、めちゃくちゃというか「そんな人いるんだ…」と思ったw
『戦争と平和』を読みたくなったし、ヘプバーン主演の映画を観たくなった。
大澤真幸(社会学者)
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大学教授を経て、個人思想誌を主宰。専攻は数理社会学、理論社会学。
・テトについて
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
・自我の裂開構造
・衝動の持つ真の合理性
・従来の社会学の常識の、現実に対する破綻
時代の要請によってナウシカや『ナウシカ』が現れる、というのは、『エースコンバット5』の
歴史が大きくかわるとき
『ラーズグリーズ』は その姿を現す
はじめには 漆黒の悪魔として
(『エースコンバット5』より(バンダイナムコ))
に似てるというか、時系列的に明らかにエスコン5の方が『ナウシカ』の「青き衣の者」をモチーフにしてんのか。
「囲い」と「自我の裂開」は、ビジュアル化するとまんま『エヴァンゲリオン』のATフィールドと、その中和や破壊だな、と。
はじめに・おわりに 太田啓之(朝日新聞文化部記者)
mobile.twitter.com
朝日新聞文化部記者で本書の主筆、インタビュアー、編集。
・筆者とセキセイインコ"ポチョリ"
・宮崎駿と犬のムク
・「シュワの墓所」でのナウシカの判断について
18人中、14人の識者のインタビューを担当し、執拗に
「シュワの墓所でのナウシカの判断をどう思ったか」
との質問をぶつけ続けていて、ナウシカの渾沌についてずっと考えていたんだろうな、と。
ネットでも長年、賛否両論であり続けている問題で、
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宮崎駿の作家性というのは
「俺の葛藤についてお前らも考えろ」
「一生考え続けろ」
「お前が考えるのをやめることを、俺は許さない」
というところがあって、それを真正面から受け止めてる人だと思った。
当時の宮崎駿がメッセージを宛てた「若者たち」の一人として、『ナウシカ』へ愛と決意を職権を濫用して編んで綴った、数十年越しの「ファンレター」が本書の本質で、『逆シャア友の会』の庵野と一緒だな、と思った。
2冊とも、良いファンレターだった。
総評というか個人的なこと
アカデミック界隈を中心とした識者たちへのインタビュー集ということもあって、同業者への複雑な感情が渦巻いた『逆シャア友の会』とは打って変わって、切り口が多様化して外部との接続点がより多いインタビュー集。
作者の思想や思索が深掘りされる点では共通しているんですが、宮崎のパーソナリティや時代・文脈の中での位置付けへの言及という意味では、むしろ『逆シャア友の会』の方が、「人間・宮崎駿」が語られています。悪口も含めて。
庵野、どさくさで宮崎の悪口言い過ぎやろw
逆にこっちは作家個人への興味よりも、作品が示したものに対してよりフォーカスした評論集になってます。まあ、「業界内から」と「業界外から」の視点の違いなんで、当然ちゃ当然ですね。
自分はオタクなんで「ガンダム・チルドレン」のまとまった言説はネットで目に入りやすいんですが、『ナウシカ』の作品性というのはどこかカジュアルに語りにくいところもあって、2chとかTwitterを通じて大衆化した書き捨てばかりが目に入ってきやすく、個人が作品性を正面から受け止めて正面から語ったものを本書で読めたのは、なかなか貴重な機会でした。
やっぱネットと漫画ばっか「だけ」読んでるってのもダメよね。
ということで、いいきっかけだし、本書で知ってユニークに感じた先生方の著作を何点か読んでみようと思います。あとトルストイと、ヘプバーンの『戦争と平和』。
なんというか、こんな自分を通してアカデミズムに対する隔意というか、
「大衆たるオタクたる自分とってリアリティを纏ったインテリや思想家が、学者やジャーナリストより漫画家やアニメーション作家(やミュージシャン)になっている」
んじゃないか、みたいなこともちょっと自覚・実感しました。
「学者と作家、そして大衆」の関係って、メディアが異なるだけで古来からそうなのかもしれないですけど。
ちなみに、宮崎駿とナウシカが持つエロティシズム、フェティシズムについては軽く触れた方が1〜2名でした。当時の「美少女描き」としての宮崎とその功罪については、また別の語り手を探してみようと思います。
ナウシカ、当時の『アニメージュ』女性キャラクター部門で何年も毎月毎月ずーっと1位だったんですけど、それはいいんですけど、なんかね、「ナウシカ好きはエロでもロリコンでもないからセーフ」みたいな雰囲気を勝手に感じて、作中の聖女・聖母幻想が現実にも伝播しているような、少し欺瞞を感じてもいたんですよね。
ナウシカだって巨乳16歳やろがい!ナウシカ本人はセーフでも俺もお前らもアウトなんじゃ!みたいな。もちろん、他人がどういうつもりで投票しているかなんかわかんないんですけどw
当然、ということもないですが漫画『風の谷のナウシカ』は自分も全巻所蔵していて、このブログでも4年前に記事を書きました。
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今でもブログの記事をアップするときは毎回恥を忍んでアップしていますが、4年も前の記事だとブログの書き方のスタイルも今とは全然違っていて、リンクを貼るのがとても恥ずかしいです。
当然、以前の記事一つでは語り足りないので、書かなかった話を少し。
1984年の『ナウシカ』映画公開当時、自分は小学生でした。
当時、TVでもナウシカの映画のCMが安田成美のテーマ曲と共にたくさん流れていた記憶で、クラスのおちゃらけ勢がふざけて「♪風の谷の〜ナウいシカ〜」と歌ってるのを、ナウシカガチ勢だった栗本くんが「ナウシカをバカにするな!」と言ってぶん殴った事件が印象深いです。「風俗のナウシカ」とか言ったらたぶん殺されてたと思う。
1987年前後、自分は「漫画やアニメが好きな普通のガキ」から、『Zガンダム』の再放送の影響で、『逆シャア』公開を控えた時期のアニメ雑誌群を毎月買い漁るオタクになりました。その頃からしばらくアニメ誌「アニメージュ」も買ってました。
映画の企画のために1982年に連載開始された漫画『ナウシカ』は、1984年の映画公開を終えて「企画書としての原作」の役目を終えていましたが、連載自体は完結しておらず、その頃の自分にとっての印象は
・映画『ナウシカ』の原作漫画、なぜか未だ完結していないらしい
・完結しておらず連載は続いているが休載ばかりで滅多に載ってない漫画
・『トトロ』『魔女宅』『紅の豚』作りながら漫画の連載なんか無理に決まってんだろ
という感じでした。
自分は彼女ができると時間を作るためにオタ活を休止するんですが、そんな間になんかいつの間にか完結していました。
単行本で完結まで読んだのはいつだったかなあ…憶えてないや…
全巻買い揃えては引越しなどを契機にブックオフに売る、を2回ほど繰り返し、現在所蔵している『ナウシカ』全7巻は確か3代目です。
あーあと、子ども時代に映画『ナウシカ』をTVで一緒に観てたうちの親父(故人)が「ナウシカってパンツ履いてないの?」と訊いてきて「うちの親はバカだなあ…」とウンザリしてガン無視した記憶があります。
親父の名誉のために(?)言っとくと、エロ興味本位じゃなくて、
「だとしたら不健全アニメとして子どもの視聴を禁止しなければ」
という目線です。そういう人でした。『うる星』も禁止でした。バカでしょ。
でも、いま思えばアニメの色指定に関する、普遍的で重要な指摘だった気もする。
『ナウシカ』の感想はねえ…
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語っても語っても語り尽くせないから、2023年にもなってこうして評論本が出版されるように、ブログ記事の1本や2本で語り尽くせるものではないので、とりあえず一旦やっぱり割愛します。
今回のこの評論本のインタビューの語り手たちも、もっと語りたいこと山ほどあっただろうな、とw
宮崎駿のイメージは一言で言うと、「反戦と反体制とエコと空とメカニックとフェチのカオスを冒険活劇・戦争劇に乗せる人」と言う感じですけど、こう表現しちゃうと富野由悠季とほぼ一緒みたいになっちゃって、一言で語れることじゃないですね。
宮崎駿と富野由悠季は同年生まれで、太平洋戦争の終戦時にはまだ3〜4歳、1959年〜1960年当時に18〜19歳だったんですよね。
とてもカロリーが高く消化するのが大変な作品ですが、今でも年に一度読み返すようにしています。
時代の変化、自分の変化もあり、読むたびに新たな発見があったり、考えたり思い浮かぶことが毎回違ったりするので、自分ログとして感想など都度残したいなと思うんですが、感想を残すことすらもカロリー消費が激しい作品なので、なかなか…
じゃあ、なんか締まらないですけど、終わりでーす。
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