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#ELDEN RING 黄金樹への道 3巻 評論(ネタバレ注意)

「死にゲー」で有名なフロム・ソフトウェアのオープンワールド「ライク」な大ヒットアクションRPG『エルデンリング』の公式コミカライズ。

退廃的で陰鬱で重厚な雰囲気の世界観、かつて美しくも陰鬱な「狭間の地」から追われそして帰還した「褪せ人」を主人公に、王を目指して戦う血生臭くダークでシリアスな冒険を描く。

『ELDEN RING』より(フロム・ソフトウェア)

という原作ゲーム。

公式コミカライズはなぜかバカ系ギャグ漫画だった…

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

なんでだよwww

と思わなくもないですが、原作を「真面目に」コミカライズしようと思ったら、重厚な超本格派のファンタジー戦記としての展開・描写が必要で、なかなか大変だったろうなと思います。暗いシーンが長大に続いてエンタメ性も低くなりそう。

奇策の変化球のようでいて、コミカライズするにあたっては唯一の解のような気もします。

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

自分は存じ上げなかったんですが、WEB連載開始時のネットの反応を見るにギャグ畑で有名な作家さんらしく、冒頭のシリアスなカラーページを見ても画力もなかなか尋常じゃないですが、描いてる内容は完全にギャグ漫画、ノリとしては『ピューと吹く!シャガー』を彷彿とさせます。

そもそも今更『エルデンリング』の販促にはならないわ、『エルデンリング』プレイヤーしか楽しめないわ、「そもそも誰得のコミカライズだよ」ってのは置いといてw

自分は『エルデンリング』既クリアなので楽しく読めてます。

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

『エルデンリング』はギャルゲーではないんですけど、主人公の導き手となってくれるメリナ、そしてシナリオ分岐で条件を満たせばエンディングを共にするラニと、2人のヒロインがいます。

今巻の表紙は、サブヒロインとでもいうべきラーヤ。

メリナもラニも、『ドラクエ5』のビアンカのように旅を共にするでもなく、ギャルゲーではないだけに出番は決して多くなく、旅(ストーリー)の節目で登場する程度。

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

プレイの仕方にもよりますが、探索し戦闘しアイテムを集めフラグを立てる旅が仮に100時間あったとしたら、彼女たちの出番は総合計してもそれぞれ1/100にも満たなそうです。

でも短い出番のインパクトが強く、存在感がとても大きいヒロインたちです。

自分はラニにやられてしまいました。

『ELDEN RING』より(フロム・ソフトウェア)

ダークで陰鬱でクール。萌えシーンなんかもありません。

ラニの動機、何をしようとしていたのかも、神話めいた不条理で不合理で難解な設定もあり、ゲームを何周しても完全には理解できません。

まるで世界を独りで壊して独りで創り直す、誰のためなのかもわからない使命を背負っているかのような、血まみれの孤高と深い孤独。

『ELDEN RING』より(フロム・ソフトウェア)

数少ないラブシーンめいたもの。

旅の途中、ようやく私がラニに追いついたとき、ラニはボロボロの血まみれの姿で、力尽きたように座っていて、

「彼女はこれまでどんな人生を生きてきたんだろう」

「並び立って彼女の孤独に寄り添わなければいけない」

「彼女を孤独のままでいさせてはいけない」

と強く思わされました。

「ファム・ファタール」力というか。

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

まるでビアンカ派が『ドラクエ5』を何周してもビアンカを選んでしまうように、ゲーム『エルデンリング』を何周プレイしても、「星の世紀」エンドを辿ってしまう。

なので、今作コミカライズで褪夫と活き活きとじゃれるラニを見てると、ギャップでなんというか、多幸感がすごいです。

『ELDEN RING 黄金樹への道』3巻より(飛田ニキイチ/KADOKAWA)

最初は

「なんで『エルデンリング』をよりによってギャグコメで!?」

と思ったもんですけど、「シリアスものの日常描写需要」、二次創作の王道というか、

欠けていたものを埋めてくれるような、これしかない!というような気が、してしまいますね。

ラニラニとメリメリが楽しそうだったら、もうそれでいいんだ、俺は。

 

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