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#3月のライオン 17巻 評論(ネタバレ注意)

実の家族を交通事故で亡くし、将棋のプロ棋士の家庭に引き取られ、その才能と情熱から実子たちを押しのける形で「棋士の子」として養父の寵愛を受け、史上5人目の中学生プロ棋士となり、一年遅れの高校進学を機に「家族」の空気を読んで隅田川沿いで一人暮らしを始めた少年・桐山零。

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

母を亡くし父が出て行き、下町「三月町」で祖父の和菓子屋を手伝いながら暮らす川本家のあかり、ひなた、モモの三姉妹。

零のプロ棋士としての戦い、学校生活、三姉妹をはじめとする周囲の人々との交流を描き、NHKでのアニメ化や実写映画化もされている競技&家族もの。

全身全霊を賭けた勝ちと負けしか無い孤独な世界でのたうち回るような棋士としての心情と、人情味溢れる優しい人間関係の狭間で、その両方に対してどこか借り物の意識が拭えない、ルーツを失った少年の心象風景が描かれる。

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

主人公の零や周囲の登場人物たちの、読んでいるこっちまで胸が苦しくなるような真っ暗闇の葛藤と、その絶望の中に見出すか細い一筋の光明を詩情豊かに描き続けてきた作品ですが、前巻は珍しく? 日常巻として零と周囲の人物たちの忙しくも充実し幸福な日々が総じてハートフルにコミカルに描かれ、今巻も一見、その延長線上にあるようにそれぞれの充実した日々が描かれ、不穏で憂鬱な展開は鳴りをひそめます。

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

孤独だった零に「彼女」ができたんですが、孤独と絶望が磨いた零の強さを「普通の幸福」が鈍らせてしまいはしないかと、古い付き合いでライバルの二階堂は気掛かり。

そんな中、獅子王戦トーナメントで零と二階堂が勝ち残りを懸けて激突。作品主人公・零の主観は敢えて省かれ、二階堂の主観と周囲の証言で終始描かれたエピソード「道」。

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

あかりさんがしなやかに商売上手に活躍するエピソード「あかりちゃんの大冒険」。

主催する研究会で零と二階堂の二人+αを師・兄弟子として面倒を見る島田の胸中、その現在地、「遠い音楽」。

二階堂のエピソードとあかりさんのエピソードが、自分への厳しさと他者への慈しみが同居するこの作品の二面性を象徴するかのように、まるで別々の二つの漫画が一冊の中で展開されているかのようにバラバラな話なんですけど、島田のエピソード中、あるページをめくるとその二面が表裏一体であることが鮮烈に示されます。

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

急に来たので鳥肌立ちましたね。

緩と急、幸と不幸、日常と戦場、人としての優しさと棋士としての厳しさ、在ったかもしれない幸福だったかもしれない人生と、強さと勝ち負けに一点賭けした人生。

この作品が始まった当初から連載中に起こった大きな二つの誤算は、漫画の主人公たる零をも上回る天才棋士が現実に出現した嬉しい誤算と、新型コロナウイルス禍で世相が暗くなった悲しい誤算であろうと思います。

そんな世相にアジャストするための若干の路線変更・修正があったんじゃないかと思いますが、

『3月のライオン』17巻より(羽海野チカ/白泉社)

それらを織り込んでなお、ずっと面白いなあ、この漫画。

三者三様、決して順風満帆なばかりではなかった道程を経た、二階堂の負けてなお燃えるような、あかりさんのたくましくしなやかな、島田の少し苦くて芯の硬い、自分と戦う強さと他人に対する優しさ。

自分も彼らのように、強く優しくなりたい、優しく強く在りたい。

 

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