#AQM

I oppose and protest the Russian invasion of Ukraine.

#大砲とスタンプ 9巻 【完】 評論(ネタバレ注意)

近代欧州をモデルにした架空戦記、軍や戦争を「そこにある日常」として可愛い絵で淡々とコミカルに。

キャッチフレーズは「私たちは書類で戦争してるんです!」。補給・経理・会計など。
兵站軍所属の女性中尉殿が主人公、ついたあだ名はタイプライター・ギャング。

大公国(主人公たち)・帝国の同盟軍が共和国に侵攻、戦地となったアゲゾコ(地名)を舞台に繰り広げられる戦場の日常を、「紙の兵隊」たる兵站軍目線で。

作者は近年は「戦争は女の顔をしていない」コミカライズの監修でも知られる速水螺旋人。ソ連とミリタリーのことばっか考えてる人、というイメージがありますね。

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今巻で完結。

感想書くにあたって1巻に再度目を通したら、大公国の首都は「MOSKVA」っつーんですね。そのままやな。

アゲゾコの戦況を尻目に、大公国本国では革命が勃発、新政府が樹立。

えっ、今やってるこの戦争どうすんの?ってとこまでが前巻。

今巻では革命政府の軍事委員がアゲゾコに着任、キリール大尉を拘束・革命裁判にかけ、一度は戦争の継続を指示するものの、

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「大砲とスタンプ」9巻より(速水螺旋人/講談社)

後に共和国と停戦で合意。

友軍が突如、舞台から降りたことに激怒した帝国軍は、アゲゾコの大公国軍の司令部を制圧し、全軍の武装解除と投降を迫る。

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「大砲とスタンプ」9巻より(速水螺旋人/講談社)

司令部が崩壊し烏合の衆となった大公国軍全軍を撤退させ兵士たちを帰国させるべく、「紙の兵隊」の最後の戦いならぬ最後の「お仕事」が幕を開ける。


「戦争もの」を読むとき、特にネット界隈では「ハト派かタカ派か」、まあ言ったら「この作品は敵か味方か」、作者のメッセージを読者が探しがちな気がします。戦争を肯定的に描いた作品か、否定的に描いた作品か。味方であれば自説の補強の引用に使えますし、敵であれば批判材料としてやはり引用に使えます。

この辺、自分ははてなブックマークやTwitterを見すぎてる弊害かもしれない。

同じようにこの作品、この最終巻からメッセージを読み取ろうとしたとき、割りと難しい作品かなと思います。

作者は戦争に対して虚無、というのともちょっと違うんですけど、たぶんこの作品は戦争状況を補給部隊の軍人目線の日常に落とし込んで描写することそのものが目的で、イデオロギー的なメッセージがそもそも込められていないように見えます。

箱庭というか、「アゲゾコ」というジオラマを作ってそこで起こることをシミュレーションしたものを原稿に落とし込みたかっただけで、最後の味付けはコミカルでユーモラスでしたけど、そもそもストーリーは二の次というか。

近年はこういう、戦争に対して何を思うかは読者に丸投げする作品が増えているような気がして、それは本来あるべき姿だろうなと自分は思います。

そもそも、この3国がなんで戦争しているのか、その理由も語られません。革命で新政府が樹立したので戦争は終わりますが、終わる理由もよくわかりません。

彼らは仕事だから戦争をするし、戦争が終わって仕事も終わったので撤退するだけで、戦争の日常に厭戦しているものの戦争行為そのものに対して肯定も否定もしません。

彼らはこの戦争で失いこそすれ、何を得たわけでもありません。

そういう意味では「戦争もの」というより「お仕事もの」と形容した方がふさわしい作品かな、と思います。

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「大砲とスタンプ」9巻より(速水螺旋人/講談社)

そういうわけで、最終巻にふさわしい英雄的な撤退戦を計画・実行するお話でありながら、ヒロイックに盛り上げるでもなく、お涙頂戴のエモい展開があるわけでもなく、淡々と、この作品らしく話が進んで終わります。


淡々と、とは言いつつも困難な撤退戦で、今巻作中ではレギュラーキャラたちがボコボコ死んでいきます。死者は顧みられず、誰かが涙することもなく、淡々と。富野由悠季作品の最終回から油を抜いたような読み味。

たぶん、作品として生き死にを決めていたキャラは、4人ぐらいじゃないかな。それ以外のキャラは役職や立場・配置と持ち場によって展開なりに生き残る者は生き残り、死ぬ者は巡りあわせで死んでいった、という印象で、フィクションながら作者の乾いた戦争観がうかがえます。表紙の半分ぐらいが死にます。

ドラマチックにするためにキャラを生かしたり殺したりあんましないんですよね。なのでフィクションのストーリーというよりは、作者の頭の中の架空の戦争のドキュメンタリーに近く、情緒的な演出がほとんどありません。

クライマックスを感動的なセリフで〆るとか、そういうの全然ありません。


人気キャラの1人が割りとショッキングに死ぬんですけど、

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「大砲とスタンプ」9巻より(速水螺旋人/講談社)

頭が吹っ飛んでいるのでネタバレにならずに幸いです。

状況や描写からしても生き残らせてもおかしくなかったんですけど、死にました。

たぶんこの人は死なせることを決めていたうちの1人じゃないかなと思います。

全体的に戦況なりのドキュメンタリーっぽい展開で状況なりで淡々とキャラが生き死にする中、この人の死だけちょっと不自然にショッキングに思えて、わざわざ作者がこの人にああした死なせ方をさせた意図はなんだったろうかと、また有りもしないメッセージを読む迷路に陥りそうになります。

お仕事ものとは言え、戦争を描く上で生き生きと生きてきたキャラが死ぬことを描写することは作者にとって避けがたく、人気キャラ故に作者に目をつけられてしまった感じなんかなあ。


戦争を終えて故郷に帰った兵士たちにかける言葉として不適切な気もしますが、お疲れ様でした。死んだキャラたちは、どうか安らかに。

あなたたちの活躍をもう読めないことを寂しく思う。

 

 

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