架空の帝国・ヴィクトリア帝国でマスケット銃や帆船、紙幣などが用いられる程度に中世から近代に移行しつつある世界。
ヴィクトリア帝国の辺境の植民地、帝国に迫害されながら暮らす少数民族・ガブール人。
奴隷商人・グレシャムの暗躍により、ガブール人の巫女の少女・ハルは捕えられ、その弟・ルークをはじめとするガブール人たちも虜囚となった。
極限状態となったルークは精神世界でガブールの神と邂逅し、生殖能力と引き換えに願いに応じた特殊能力を授けられる。
ルークに授けられた能力は「身体から1万ベルク帝国紙幣を無限に湧き出させる」能力、ただし紙幣の通し番号は全て同一の偽札だった。
偽札無限湧き能力を活かしながら、ルークは帝国に対する反乱と姉の身柄の奪還を決意する…
迫害される少数民族の能力持ちの少年が、攫われた姉の身柄と自由を求め、銭ゲバ大商人や帝国情報部スパイを向こうに回して、駆け引き・裏切り・騙し合いの頭脳戦を繰り広げる…なに?これのジャンルなにw 「頭脳バトル」「経済バトル」「情報バトル」的な。
絵ヅラも展開も一見は荒削りながら、ルークの敵を出し抜く駆け引きや、役割を予見して注意深く配置されたキャラクターなど、読むと割りとすぐプロットの緻密さに気づきます。
主人公の少年・ルークの「同じ通し番号の精巧な偽札を身体から無限湧きさせられる能力」も、シンプルながら癖が強くて決して万能ではないんですけど、それを補う頭脳戦・駆け引きが見どころ、という感じ。
辺境の植民地(1巻)→奴隷船での移動(2巻)と舞台を移して、今巻3巻から帝国本土が舞台に。
新しい仲間登場、新しい敵登場、と新キャラ祭りの他、ルークの新衣装もお披露目。度し難い変態だな作者。
主人公の少年ルーク、奴隷商人グレシャム、帝国中枢エージェント・レジャット。
の三すくみの構造は2巻から変わらないものの、グレシャムは私利私欲、レジャットは帝国防衛と動機と行動原理が変わらないのに対し、ルークの同期と行動原理が今巻で跳ねました。
「生き残りたい」
「姉を救出したい」
という欲求が経験・見聞を通じて
「(自分と同じように)同胞ガブール人奴隷たちを生き残らせたい」
「(姉と同じように)救済したい」
転じて、
「奴隷解放したい」
「ガブール人の自治国家を建国したい」
に。
作品の縦軸・動機・最終目標のスケールが今巻で大幅にエスカレートしてアップデート、作品タイトルから借りるならインフレーションしましたが、ルークの目を借りて読者も同じ体験をしたことで、動機のインフレ、ルークがそうしようと思った気持ちがむしろ自然に感じられる展開。
「セカイ系」は主人公が「選ばれる」ことが多く、この作品も例外ではないんですが、物語において重要なのは「選ばれること」ではなく、
「選ばれ与えられた能力を主人公が自分の意志でどう振るうか」
なんだなー、と。
多くの作品において主人公は状況に流され振り回され、サバイブし目の前の敵を倒し続け、最終局面で初めて「AかBか」の選択を迫られ自分の意志を試される中、本作主人公がこうして作品中盤で
「どう世界を振り回すか」
「世界の形をどう変えるか」
デウス・エクス・マキナに代わって自らを世界のアーキテクチャとする気概、痛快です。
ルークの覚醒に伴って、グレシャムとレジャットも動機は変わらないまま、植民地や奴隷船の中では見えていなかったスケールを取り戻して、三すくみの頭脳バトルが大帝国を巻き込んだスケールにインフレーションしているのも、作品タイトルと符号しつつ盛り上がってて良いですよね。
展開がスピーディで相変わらず状況が二転三転し、大木の「幹」だと思ってた要素が実はただの「枝葉」でゴミのようにあっさり捨てられたりと、目先の展開に囚われると作品の大意を追うのが大変な作品w
利得の合理性さえあれば、敵がいつでも味方に寝返り、味方が敵に寝返る展開。
今巻では合理性を持たない相手に知略が通じないという、ルークだけに留まらないこの作品の多くのキャラに共通する弱点も描かれました。
ここからの中盤は、合理性を伴う相手にはいかに知略をもって相手にも利を食わせて同盟するに足る大きな絵図を描くかという構想のスケールと、合理性を持たない相手をいかに排除し暴力をもって封じ込めるか、の二面が鍵になっていくんですかね。
1〜2巻も駆け引きバトルが面白かったですけど、3巻の展開と比べるといかにも地味で「ありがち」な話でしたが、3巻以降の展開を期してよく我慢して描いたなあ、という。
やー、面白くなってきたね!
aqm.hatenablog.jp
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