#AQM

I oppose and protest the Russian invasion of Ukraine.

#ペスト 1巻 評論(ネタバレ注意)

自分の毎日の巡回ルートのWEBサイトの一つにアキバBlogがあります。

今となっては古参の大手ブログで、エッチなコンテンツが多く敬遠される向きの方もいらっしゃるサイトですが、毎日10記事ぐらいの更新記事の体感半数ぐらいは一般向けコンテンツで、いわゆるアキバ系というか萌え系というか、美少女が登場する一般コンテンツが多いです。

自分はラブコメ漫画好きで美少女が出てくるコンテンツは大好きですし、エッチなコンテンツも割りと好きなので、自分でチェックし漏れている面白そうなコンテンツを見つけるのに昔からアキバBlogは大変重宝しています。

「アキバBlogで見かけなかったら読まなかっただろう」という作品はたくさんありますが、そんな中でもこの漫画は今までの私の個人史で最たるものでしょう。

たまにこういう、美少女ものを期待しているであろうブログ読者が「え、ぇ〜!?」ってなる、美少女ものとは程遠いコンテンツをブッこんでくる意外性が、毎日巡回していて飽きません。

ということで、なんだか作品にそぐわないサイトに紹介されて、なんだか作品にそぐわない人間が読んで、なんだか作品にそぐわないブログでレビューをします。


ノーベル文学賞作家、アルベール・カミュの代表作の一つのコミカライズです。

今年に入ってノーベル文学賞作家の作品のコミカライズを読むのは2冊目で、1冊目はスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの「戦争は女の顔をしていない」でした。

aqm.hatenablog.jp

「戦争は女の顔をしていない」がノンフィクションだったのに対し、この「ペスト」はカミュによるフィクションです。

原作「ペスト」は、新型コロナウイルス禍の流行に伴って再度脚光を浴び、昨年来世界中で読者を増やしているのだそうです。日本においてはフランス文学者の宮崎嶺雄の手による翻訳版が創元社から、継いで新潮社から、ほぼ唯一発行されており、この4月に文庫版の累計発行部数が100万部を超えたのだそうです。

mainichi.jp

 

今回のコミカライズはバンチコミックス、要するにその新潮社からで、連載開始は今年2020年の4月。

新型コロナウイルス禍の世界的流行の開始と、「戦争は女の顔をしていない」コミカライズ第1巻のヒットのその後のことで、機を見るに敏というか、新潮社の企画の勝利というか、商売上手と認めて白旗を揚げざるを、また商売っけを抜きにしても大変意義深いコミカライズであると認めざるを得ません。

余談ですけど、フランス語原作が73年前、日本語翻訳が70年前なんですが、原作や訳者に対する印税はどうなるんでしょう。もう著作権切れてんのかな。


194X年、フランス領アルジェリア(当時)、海岸沿いの交易都市オラン。

病弱で山間のサナトリウムでの療養を控える妻と暮らす若き医師、ベルナール・リウーはある朝、1匹のネズミの死骸につまずく。オラン市全体で原因不明に増えていくネズミの死骸。

f:id:AQM:20201011002625j:plain

「ペスト」1巻より(アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/車戸亮太/新潮社)

リウーは、人類が克服し歴史の中のものになったと思われた病気と酷似する症例の患者に触れ、ある疑念を抱く…

f:id:AQM:20201011002831j:plain

「ペスト」1巻より(アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/車戸亮太/新潮社)


という、伝染病の流行とこれに抗う人々を描いた小説。

繰り返しますがフィクションです。1940年代にアルジェリアのオランでペストが流行した史実はありません。

カミュという作家は不条理をテーマにした純文学作家として評価されているとのことですが、不謹慎極まりない感想ですが本コミカライズはまるでビデオゲーム「バイオ・ハザード」シリーズの序盤のように、静かにスリリングに展開します。

自分は恥ずかしながら原作も、原作者の他の著作も読んだことがないので、どの程度原作に準拠した作画演出なのか、また、まだまだ序盤と思われてどの程度この原作の本質が立ち上がっているのか、判断がつかないのですが。

 

また新型コロナウイルス「COVID-19」 の流行が社会に起こした影響との類似や符号について、大変興味深い作品です。

「COVID-19」と「ペスト」はまったく別の病気で、感染の仕方や症状、致死率などもまったく異なりますが、「流行病」という奇禍を前にして正常バイアスに陥った個人・為政者・社会の逡巡や判断の様式は気持ち悪いぐらい似通い、語られる言葉はここ半年にニュースなどで聞いたようなセリフばかりで、ある種の人々には予言書のように映るかもしれません。

f:id:AQM:20201011003111j:plain

「ペスト」1巻より(アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/車戸亮太/新潮社)

f:id:AQM:20201011003235j:plain

「ペスト」1巻より(アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/車戸亮太/新潮社)

カミュの想像とシミュレーションが慧眼であったのか、流行病に対する社会のリアクションというのは定型的であることの現れなのか、コミカライズにあたって「COVID−19」関連の事象に寄せた改変がなされているのか、現時点では自分はわからないですが。

なお、作品と全然関係ない話ですが、「ペスト」と「COVID-19」の日本における流行には奇妙な符号が他にもありまして、

最初の報告は、1896年(明治29年)に横浜に入港した中国人船客で、
(2020年10月11日のWikipedia「ペスト」より抜粋)

なんだそうです。まあ、外との玄関口が最初の発見例になるのは当たり前か。

ja.wikipedia.org

 

また、ものの解説によると、この原作は将来の流行病の社会シミュレーションがその描かれた主旨ではなく、あくまで本質は襲ってくる不条理と相対する人間を描くことだとされています。

既に、ペストの発生を認知することに対する医者の逡巡や為政者による責任論を「そんな人間の事情は知ったことではござらぬ」とばかりに、機械的に、ブルドーザーで轢き潰すように、拡大していくエピデミックの描写にその兆候は見られます。

巷では「チェンソーマン」の不条理な衝撃展開が話題ですが、疫病の「かかってはいけない人」「死んではいけない人」にも平等に、文脈も人格も経歴も愛情も何もかも無視して襲い掛かる暴力的な不条理さは、それと相対する人間をこそ描きたいカミュの創作にうってつけだったことでしょう。「ウイルスは忖度してくれない」とは、この新型コロナウイルス禍で何度目にし耳にしたか知れません。

しかし「不条理と相対する人間を描く」という意味では、このコミカライズはまだまだ序盤に過ぎません。

 

正直ちょっと続きが気になるどころではないので、もう原作買っちゃって明日読んじゃおうかとも思うんですけど、どうしよーかなー。

 

訳が70年前と少々時間が経過したものらしいので我々現代の読者には少々読解が難解だとする評がいくつか見られるのと、原作を読んだ後に原作付きコミカライズを更に読み更にその感想を書くのは割りとツラいものがあるので、今後のことを考えると少々迷ってしまいます。どうしても新鮮さや驚きは失われ「原作準拠具合」「オリジナルの付加価値」に目がいってしまうんですよね。

 

2巻は2021年春を予定とのことです。

その頃には新型コロナウイルス禍をめぐる情勢も良方に転じていて欲しいものですね。

 

ペスト 1巻: バンチコミックス

ペスト 1巻: バンチコミックス

 

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: Kindle版
 

 

aqm.hatenablog.jp

 

(選書参考)

blog.livedoor.jp