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ルネサンス期、15世紀末のミラノ公国。
当時の医療従事者「理髪外科医」を営む父親の助手・見習いを務める少年・サルヴァトーレ(通称・トト)は、しかし1000年前の医術書による旧態依然の医療知識体系や技術に疑問を持っていた。
熱が出たら腕を切って瀉血をして「悪い血」を排出し、血が止まらなくなったら傷口を焼きゴテで焼いて止血した。今日も患者の子どもが死んだ。
人体の構造を知るべく日課として処刑場から遺体を貰い受ける道すがら、トトは同じく人体の構造に強い執着を示す男と出会う。
画家を名乗るその男は、芸術と医療、目的こそ異とするものの、「人体についてもっと知りたい」という同じ強い情動を示すトトに興味を抱き、
「俺と一緒に死体とか盗んで解剖しまくろうぜ!」
と誘うのだった。
その男こそルネサンス期の超人として歴史に名を残す、レオナルド・ダ・ヴィンチその人だった。
という、少年トトをワトソン役にしたレオナルド・ダ・ヴィンチの伝記フィクション。
「男」の正体がレオナルド・ダ・ヴィンチであることは第1話の展開・演出上のクライマックスのサプライズで、これを語ることはネタバレなんですが、そこを隠すと自分は作品を語れないので、無料公開もされている第1話で開示される情報ということで赦してください。
レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノに居を構えたのは1482年〜1499年とのことで、30〜47歳。
ja.wikipedia.org
作中おそらく30代前半ですかね。そのうち「ウィトルウィウス的人体図」(1487年)を描くエピソードも登場するかもしれません。
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世界の原理が神から科学に移行しつつある時代、人間主観の知と好奇心の対象の最大単位が「宇宙」であるのに対し、最小単位である「人間(自分)の身体」をテーマにした作品で、『チ。―地球の運動について―』と対になるテーマを持った作品。
タイトルの『カタカナ ―サブタイトル―』の作りも似てますね。
ちなみに拷問描写がとても苦手な自分は、名作と聞く『チ。』は開幕が精緻でエグい拷問シーンだったので、3ページぐらいしか読んでません。
たぶん一生読まないと思う。好き嫌いじゃなくて、読めないのだ。
本作『アナトミア』も冒頭に小さな子どもの患者に対する時代遅れで苦痛を伴う残酷な治療シーンが描かれますが、皮肉なことに作者の画力・描写力が精緻とは言えない荒削りなものだったおかげで、読むことができました。
身近に小さなお子さんがいる方は閲覧注意かもしれません。
掲載誌が秋田書店の月刊少女漫画誌『ミステリーボニータ』ということで、過去には『クジラの子らは砂上に歌う』、最近は『海が走るエンドロール』が載ってる雑誌。
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基本的に女性誌なので本作はBL匂わせ風味というか、ダ・ヴィンチ青年がトト少年に壁ドンしたりとか、サービスシーンは基本的に女性向けかなと思います。
好奇心の超人レオナルド・ダ・ヴィンチと、医療の進化を模索する少年トトの、医療&解剖&芸術&死体泥棒ドラマを通じて、ルネサンス期の個人の「真理と真実を知りたい」という好奇心の渇望と希求、「変えたい」という情熱のドラマが、人類の進歩の歴史に繋がっていく野心的なテーマ。
サブタイトルからして、クラシックな不死願望と先端科学の対峙も予感されますね。
医療漫画はいっぱいあって、解剖をテーマにした漫画も複数ありますが、舞台を解剖医学の黎明期に置いたこと、それをレオナルド・ダ・ヴィンチという超人を通じて芸術と連動させて、医療と芸術の両面から解剖学を攻めてるところが自分にとっては目新しい漫画になっています。
ちなみに漫画においては「美大卒が描く漫画」「格闘漫画」「エロ漫画」が、「人体描写三強」だなあ、と思います。
作者の初連載ということで画力や演出は荒削りで欠点なんか挙げたらキリがないですが、絵が上手くて話がつまらない漫然と描かれた漫画よりも、作者が描きたいテーマがわかりやすく骨太で、自分にとって価値がある作品でした。
学歴で漫画を描くでなし、作者の学歴も存じ上げませんが、美大卒の漫画家が取り組みそうなテーマではありますね。
荒削りな絵のルックスが苦手意識を感じさせるのか、単行本のセールスで苦戦しているとのことですが、折れずに描き続けて欲しい。
我々は、技術的に荒削りながら硬い芯を持った若い漫画家が、読者の熱が憑依したかのように研ぎ澄まされて覚醒していく過程を、これまで何度も見てきましたから。
臨時営業 本作との出会いの特殊性に鑑みたメタ所感
本作の1巻は2023年の3/16が発売日でしたが、自分は昨日4/14に至るまでこの作品の存在を知りませんでした。
昨日、作者が書いたと思しき増田(はてな匿名ダイアリー)でセールスが伸びないぼやきが綴られ、
b.hatena.ne.jp
↓
b.hatena.ne.jp
↓
b.hatena.ne.jp
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b.hatena.ne.jp
という、いつもとはだいぶ違う特殊な経緯で購入して読みました。
増田を読む限り、作者はセールスが伸びないことを嘆きこそすれ、他人にアドバイスを求めているようには見えません。
自分はそれを望んでいないプロの漫画家や編集者にアドバイスを差し上げるほど、漫画の作り方・描き方・売り方に詳しくありません。
ので、
一消費者として「なんで発売日に本作今巻を買わなかったのか」、
一読者として「本作今巻に不満に思ったこと」、
を「とある一読者」の実例サンプルとして書きます。「単行本が売れない理由」を考える参考になれば。
作品の存在を認知してませんでした
『海が走るエンドロール』は単行本で読んでいるとは言え、掲載誌の「ミステリーボニータ」は購読しておらず、ラインナップのチェックもしていません。
正直、『海が走るエンドロール』の掲載誌の正式名称が「ボニータ」ではなく「ミステリーボニータ」であることを昨日初めて知ったレベルでした。
www.akitashoten.co.jp
リンクの「ミステリーボニータ」のサイトを見ても、秋田書店の漫画雑誌だけで20誌もあり、特に「漫画雑誌を全部チェックできなくて申し訳ない」とも思いません。馬鹿馬鹿しい。
なお、6月号より同社の「月刊プリンセス」に移籍とのことです。
自分は翌月に購入する単行本を前月にあらかじめこちらのサイトでチェックしますが、
calendar.gameiroiro.comご覧のとおり漫画ってたくさんありますね…
自分は主に「作品タイトル」「作者名」「表紙のサムネの印象」でピンときたやつをリストアップして買って読みます。
本作今巻の発売日、3/16にちゃんとこの作品も載っていました。
『アナトミア』を探せ!
ちなみにこの日は先方のサイトに掲載されているだけで数えたら87冊(特装版など含む)が発売されていて、自分は
『化物語』(21) (KCデラックス)
『それでも歩は寄せてくる』(14) (KCデラックス)
『きらぼしお嬢様の求婚』(1) (KCデラックス)
『葬送のフリーレン』 (10) (少年サンデーコミックス)
『よふかしのうた』 (15) (少年サンデーコミックス)
『トニカクカワイイ』 (23) (少年サンデーコミックス)
『だもんで豊橋が好きって言っとるじゃん! 』(5) (バンブーコミックス)
『スパロウズホテル 』(13) (バンブーコミックス)
の8冊を買って読んで6冊の感想記事を書きました。
『豊橋』『スパロウ』も面白かったのにまだ感想ブログ記事を書けてないので早く書こうと思います。
『アナトミア』はこの日発売の漫画の購入9冊目、新作1巻としては2冊目、新人の新作1巻では唯一の購入になります。
という感じで、「私が『アナトミア』1巻を発売日に認知していなかった理由」は、主に
「漫画多すぎ」
で、これを解消するには吉祥寺にコロニーを落として地球上の漫画家の人口を半分に減らすしかないと思います。
タイトルについて
上記のように、漫画作品は大量のライバル作品たちとリストで並べられるので、タイトルに作品の情報を詰め込むのは時世的に自然な流れなんだと思います。
ベテラン漫画家の作品が途中でタイトルが変更されて長くなったケースもあります。
aqm.hatenablog.jp
aqm.hatenablog.jp
にしても、長えなw
はてなブログタグに作品タイトルが入りきらない、年に1回ぐらいの珍事が起きました。
Twitterのハッシュタグは多くの記号文字を受け付けないので、「アナトミア」で切れます。
ちなみに「アナトミア」の意味はわからなかったのでググって
「ああ、『ターヘル・アナトミア』の"アナトミア"か、"解剖学"ぐらいの意味か」
と思いました。
長いタイトルは情報を詰め込んで同好の士の目に止まる反面、近年流行しすぎて逆に没個性の海に沈みがちです。
自分は、長文タイトル作品は粗製濫造も含めて多すぎ・玉石混合すぎなので、よほどタイトル以外のメタ情報が(今回のように)琴線に触れない限りは、チェックする際に飛ばして、読む対象から外します。
長文タイトルの(美しさとは別の商業上の)是非というかメリットとデメリットはまあ、漫画家や編集者や出版社の方が、一読者よりお詳しいと思います。
画力と、作者自ら上げるハードル
現段階、画力が荒削りで、キャラデザインもキャッチーでなく、パッと見
「絵が綺麗だから買おう」
「キャラがかっこいい(可愛い)から買おう」
とはならず、
「もっと美男美女を、もっと美しく(可愛く)」
とは思います。
が、新人漫画家が初連載で荒削りなのは当然ですし、向上心と継続で洗練されて上手くなっていくのを何度も見てきたし、「絵を上手く描け」と言われたから「じゃあ」っつって上手くなるものでもないと思いますし。
ただ作者のパーソナリティとして、作中のセリフや作者本人の発言などで、画力・作品のハードルを、自分でやたら上げちゃう人だな、とは思います。
作品が面白いのに全然売れない
そんな言い方されたら、
「どんだけ美しい少女なんだ」
「どんだけデッサン完璧な漫画なんだ」
「どんだけ面白いんだ」
とは思いますw
そもそも「人体の構造」「医療ドラマ」「芸術ドラマ」「伝記・歴史もの」という作品テーマやジャンル自体が、作品や画力に対するハードルを大いに上げていて、「もっと上手くなってから描けばよかったのに…」とも思います。
最初はとりあえずキューピットがてんで性悪な話とかにしとこうぜ…
その段階の新人が選ぶテーマじゃねえだろwww
冷静になると、題材がえらい特殊だから万人に刺さりづらいのかもしれない。
今!? 今なの!?
ただ自分は若い作家が、
他でもない自分自身が飛ぶことになるハードルを自分で上げることも、
冷静さを失って情熱のまま無鉄砲に突っ走ることも、
普通は名が売れたキャリア中盤〜晩年で描く伝記・歴史もので連載デビューしちゃうのも、
(テーマ的にも)いま自分が持っている全力を、出し惜しみも温存もせずに「俺には今なんだよ!」と出力することも、
その結果「なんで売れねえんだ!こんなに面白いのに!」ってなるのも、
とてもロックで良いことだと思っていて、とても好きです。
漫画家なんて基本的に「俺はもっと売れるべき」って思ってる奴しか生き残ってねーから。
なのでそのまま突き抜けろ。あ、クソバイスしてもうた。
医療シーンやルネサンス時代背景の描写の不足
医療もの漫画は『ブラック・ジャック』以来、医療シーン・手術シーンが作品の華で、「グロは苦手でも医療現場のエグみのスパイスは欲しい」ぐらいの自分は、今巻で切除された腕の縫合シーンが朝チュンスキップされて、
「他の面では自分でハードル上げる割に、手術シーンからは逃げるのか」
と少々がっかりしました。
ただこれは逃げではなくて、作者の興味が人間ドラマに偏重していて「人間ドラマの一本足打法」で勝負したいことの表れである可能性もあって、自分は今のところよくわかりません。
同じように、「芸術」「ルネサンス期」とくると凡人的には壮麗な服飾や背景描写に期待してしまいますが、作者が「どうでもいい」と思っているのか、そこにもリソース割いてないな、と思います。
新人なのでアシスタントにコストがかけられないだけかもしれませんし、もちろん、全ての漫画、特に新人漫画家の作品の背景が森薫や三浦建太郎のように在る必要はありませんし、2〜3年後だったらAIアシスタントツールで解消できる話かもしれません。
BL匂わせ要素
自分はヘテロのおっさんでBLの素養がないので基本的に「not for me」で終わる話で、青年少年の壁ドンシーンは在っても無くても加点にも減点にもならないので、「ボニータ的に在った方がいいんでしょうね」以外、特に意見はないです。
でも『海が走るエンドロール』の海くんぐらい可愛いと流石に萌えます。
なんの話。
WEB配信サイト
増田で紹介いただいた第1話試し読みのWEB配信サイトなんですが、
arc.akitashoten.co.jp
UIの意味がわからなくて第1話の後編に遷移できなかったので、業をにやして1巻を電子書籍で買いました。
秋田書店はWEB配信サイトを株式会社はてなの「GigaViewer」に替えましょう。
今のは読みにくいです。
評価
このブログでは烏滸がましいことに読んだ漫画に私の主観で星で点数をつけてるんですが、1巻は★3つでした。
採点基準はこんな感じで
★ 読まなきゃよかった 批判したら荒れるので記事にしない
★★ つまらなかった 批判したら荒れるので記事にしない
★★★ 面白かった
★★★★ すごい好き
★★★★★ 愛してる
★★★★★★ 人生のお供
「面白そう」な漫画だけを選んで買って読んでるつもりですが、結果的に買って読んだ漫画の半分は★1か★2です。偉そうですね。
他の★3つの漫画はこんな感じです。
aqm.hatenablog.jp
今回は面白い漫画を紹介していただいて、なにより描いていただいて、ありがとうございました。
2巻も楽しみにしています。