中国で「三国志演義」「水滸伝」と並んで伝統的に人気の歴史伝奇「楊家将演義」を題材にした、タイムスリップもの。
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現代日本の女子高生・鈴は幼い頃に両親を亡くし、北海道で牧場を営む祖父に引き取られたもののその祖父も亡くし、天涯孤独の身だった。
東京の、嗜んでいる弓道の強豪校に入学したものの、学校にも馴染めずにいたある日の帰り道、落雷によって過去にタイムスリップしてしまう。
中国、10世紀、宋の時代、戦場。
鈴を炎の中から助けてくれた武人たちが、戦場の混乱の最中に敵に射られかけるところ、自ら敵に矢を射て恩人を助け返した鈴は、身元改めも兼ねて彼らの砦に招かれる。
彼女を助け、また彼女が助けた武人たちは、"楊家将"。北宋最強の武人・楊業が率いるその息子たちだった。
見慣れない衣装(セーラー服)に身を包み、謎の板(スマホ)で未知の技術(カメラ)を示し、未来の日本から来たと明け透けに語る彼女を、楊家の息子たちは「武門に栄光をもたらす仙女である」と考え、首都・東京開封府の楊家の本拠で待つ、彼らの父で名門・楊家の当主である楊業の元に鈴を連れていくのだった…
という、平凡な女子高生がタイムスリップ先でいきなり歴史上の偉人に保護され、未来の知識などで活躍していきそうな、タイムスリップの定番展開。
いかにも最近のラノベや「なろう」でありそうな話ですが、どちらかというと古典的なタイムスリップものに近く、いわゆる「戦国タイムスリップもの」、
漫画であれば「王家の紋章」のなどの、
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ジュブナイルもの、少女漫画の伝統の系譜に近いように感じます。
題材は古代中国の武将ものでいかにも男の子向けっぽいですが、主人公に「面白れー女」特異点ヒロインを置き、「楊業の7人の息子たち」がいずれも強くイケメン揃いの「イケメンパラダイス」で、美麗な絵も相まって雰囲気的には乙女ゲーに近く、むしろ女性にオススメな感じ。
ヒロイン・鈴の面白いところは、未来から来た知識だけが売りの「守られ無力ヒロイン」ではなく、幼少期から祖父の牧場で乗馬に親しみ、また強豪校の弓道部員という経歴から、騎馬と弓術に優れる「即戦力ヒロイン」な点。
原典の楊家将演義では、北宋最強の武門・楊家にこの後の歴史で破滅的な悲劇が訪れることが知られており、凡百のチート無双ファンタジーとは一線を画す大河的な展開が予想され、非常に楽しみな作品。
でした。
前巻の感想で、
描く側だけでなく読む側も「じっくり」いきましょう。
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と書いたんですが、今巻で完結。
作者があとがきやSNSでそう言及していないものを、読者が「打ち切り」と断ずるのは失礼かとは思うんですが、失礼を承知で、3冊金出して読んだ身として、「打ち切りだな」と思います。
Amazonのレビューも、作者陣よりもむしろKADOKAWAに向けて荒れ気味で、気持ちはよくわかります。
自分も
「ヒットが欲しいなら最初から日本でまだ認知度の低い『楊家将』なんかテーマにするんじゃねえよ」
とは少し思いました。
ただね。
それを言っちゃうと安牌な漫画しか出なくなっちゃうんで、自分は
「日本でまだ認知度の低い『楊家将』なんか」
に挑んだ作者陣と出版社の果敢なチャレンジ精神に拍手を贈りますよ。
よくがんばった!自分は3冊金出して読んで、値段分以上に面白かったよ。
先駆者に、『三国志』の横山光輝のポジションに、挑んだんだよ。
だって見てよ、『楊家将演技』の漫画版、この作品しかねえんだぞ?
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ただ、作品であると同時に商品でもあった、というだけだし、こういう積み重ねで認知されていくんだよ。
というのともう一点。
自分、打ち切りが決まった後の漫画家の火事場の馬鹿力が結構好きなんです。
こう、「この作品で描きたかったこと」が剥き出しになって作品が締まることがたまにあって、この作品もそうでした。
そりゃ物足りないし、もっと見たかったし、未回収の伏線、未活躍のキャラとかたくさんあるんだけど、面白かった。
「ヒロインが(流れで)歴史改変をする話」
かと思っていたら、
「作者が歴史改変した世界を元に戻す話」
だったと思わせておいて、そこから更に
ヒロインが(自分の意思で)歴史を変える話」
に持って行って、とてもスリリングでドラマティックだったと思います。
物足りないのに読み応えがあった。歴史、たぶん変わったよね。
そうかー、
「四郎はアレが控えてんのにヒロインとどうすんだ?」
とか、
「そもそも原作の魅力が楊一族の悲劇性なのに、乙女ゲーラブコメに向くか?」
とか思ってたけど、そうきたかー。
絵も美麗で、イケメンたちは本当にイケメンで、ヒロインの鈴は美人可愛く、とても目の保養な作品でした。
ただ、やっぱもっとたくさんのエピソードを見たかったし、クライマックスももっと尺を取ってじっくり見たかったけどね。そもそも、もっと尺使ってキャラ人気で引っ張りたかった作品だろうしね。
『楊家将』、日本で読めるエンタメ作品としてはやはり北方謙三の小説(『楊家将演技』の翻訳ではなく、北方オリジナル翻案の色が濃いとのことですが、『演義』の時点でどう考えても史実とは異なりますし)がとてもオススメです。未読の方は是非。
非常に、非常に残念なことに、本作の魅力的なヒロイン・鈴は登場しないんですが。
自分は今巻まで読んでとてもこの作品が好きになったので、作者陣の次回作をとても楽しみに待っています。
お疲れ様でした。
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