
65歳にして連れ添った夫を亡くした、うみ子。

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
夫とデートで行った映画館の記憶に触発されて20年ぐらいぶりに映画館を訪れる。
上映中に昔からの癖で客席を振り返って見回すと、先ほどロビーで肩が当たって挨拶した美しい若者と目が合ってしまう。
その若者は名を「海(かい)」という実は男性で、話すうちにうみ子に「あなたは映画を作る側では?」と指摘する。
海の言葉で「映画を撮りたい」気持ちに火がついたうみ子は、海が学ぶ美大の映像科を受験して入学。
かくして齢65のうみ子の、映画人生が始まった…
という、老境のご婦人を主人公に置いた青春もの。

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
主人公に老境のご婦人を置いていて必ずしも読者層ターゲットが少女なのかどうかはわからないものの、ヒロインが「王子」と「自分の運命」とに同時に運命的・衝動的に出会う導入、多用されるヒロインのモノローグ、ガワは違っても骨格自体は純然たる少女漫画であるように、自分には見えます。
「『65歳で映画監督を志して美大入学』で起こりそうなこと」を奇を衒わずに丁寧に描写。

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
高尚そうなテーマ、俗っぽいキャラ萌え、擬似恋愛的にも見える人間関係を織り交ぜつつ、地に足のついた丁寧な展開と描写で、いろんな切り口で楽しめそうな作品。
順風満帆とまではいかなくとも、気力充実して映画制作に取り組んでいたうみ子は過労で倒れ、モチベーションががっくり下がり、そこから再起。
気がつけばうみ子は3年生に、そして海は4年生に。
周囲の学生たちは就職活動を控えて戦々恐々とする中、うみ子と海はそれぞれ監督作品を「ぴえフィルムフェスティバル」、略してPFFに出品。

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
才能とは、努力とは、映画を撮るとは、どういうことか。
相変わらず、印象的なビジュアルと、印象的なモノローグで、アートをモチーフにした漫画作品らしい内面の禅問答、静かな描写・展開が続きます。
あんま物語が動いてないように見えて、「監督としての成果」として海とうみ子に今巻で大きな差がつきました。
才能の差なのか、努力の差なのか、運なのか。
うみ子に残された時間は。
海やSORA、周囲の学生たちの若さと自らを比較して、残された時間の差、自分の持ち分の少なさに理不尽さや焦りを感じるうみ子。

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
まあ正直、もっと過酷な状況にある65歳はたくさん居て、65歳の同世代たちと比べてうみ子はだいぶ充実して幸福な方だとは思いますけど、でもそういう話じゃないんですよね。
いや、2年経ったから67歳か。
もっと周囲の学生たちより50年長く生きてきたアドバンテージを活かせないか、と思いつつも、
「50年長く生きてきたアドバンテージって何だろう」
「自分だったら?」
と考えてしまいます。
この作品が、必ずしもうみ子のサクセスストーリーになる必要はないと思いますが、

『海が走るエンドロール』6巻より(たらちねジョン/秋田書店)
それにしてもうみ子が爪痕を残す活路ってなんだろう。
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