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あ、今日読んだ漫画

#チェンソーマン 18巻 評論(ネタバレ注意)

父親の借金を背負って臓器を売りながら生き延びてきた野良犬少年デンジ。

悪魔ポチタとコンビを組んでヤクザの下で搾取されながら悪魔狩りを営むも、ヤクザが悪魔に乗っ取られ絶体絶命のピンチ。

ポチタと融合してヤクザを皆殺しにしたデンジは、チェーンソーの悪魔として公安幹部の美女・マキマにスカウトされ、美少女魔人・パワーと組んで公安デビルハンターとして悪魔と戦う。

悪魔との戦いを通じて知己や友人を得て、そして喪って、裏で全ての糸を引いていたマキマをすら打倒して、あれほど渇望した愛をささやかながら与える側になったデンジ。

第一部・完。

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

作者の数本の読み切りを挟んで約1年半ぶりの連載再開、第二部開始。

同じ世界観で新キャラを主人公のように扱って、従来の主人公のデンジをはじめ旧作のキャラが登場しない導入、からの満を持してのデンジ登場。

「黙示録の四騎士」と称される「戦争の悪魔」「飢餓の悪魔」が登場、「死の悪魔」は未登場。

いろんなキャラがチェンソーマンたるデンジに、やれ戦え、やれ戦うな、やれ崇拝する、やれ軽蔑する、やれニセモノ登場、とデンジ本人の意思をよそに策謀し、あるいは妄動する展開。

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

「ナユタと犬猫と穏やかに暮らして、あわよくば女とセックスしたい」

以外なにも考えてないデンジが、世界を救ったり滅ぼしたりしたいいろんな勢力に迷惑かけられまくる展開に。

ストーリー的には、力を秘めてはいてもただの「状況の被害者のデンジ」がいろんな勢力から一方的に被害を受け続け、反撃と復讐の動機が練られていく曇らせ展開中。

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

逃げた、捕まった、助けたは、正直作者の匙加減というか都合で、あらすじ的には

・ナユタとはぐれ、ナユタはピンチに陥って以降、消息不明

・デンジはアサ、キガ、サムライソードたちと一時休戦して行動を共にしつつナユタを探す

の2行で要約・説明できる巻。

重要なのは途中で描かれたデンジの心象ですかね。

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

家族を求めるデンジの障害は、

①家族がいたことがないこと

②親を殺したこと

③チェンソーマンになることを選んだこと

①②は自分はよくわからないです。

親を殺して家族がいたことない人が家族を持っても別にいいと思うし、①についてはパワーとアキは家族だったと言って良いと思う。

問題は「誰がそう思ってるか」、なんですかね。自分がどう思ってもデンジに関係ないし。

「道徳や倫理、社会規範が内面化されている」というのは、いかにもデンジらしくない話ですけど、「親を殺したこと」は第一部以来、ずっとデンジの内面に昏い陰を落としていたし、パワーやアキとの生活が社会規範というより

「人を傷つけるのは罪だ」

ということをデンジに教えたのかもしれない。

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

③はチェンソーマンになる快感でナユタに酷いことを言ったことや、チェンソーマンになったことでパワーやアキ、犬や猫を巻き込んで死なせたことに対する罪の意識と後悔なんでしょうか。

死の悪魔とか大予言とかチェンソーマンの力とか、セカイ的にはいろいろあるんですけど、

「持たざる身で世界の理不尽に怒りを抱えながらサバイバルする者」

として描かれてきたデンジの幸せって、

『チェンソーマン』18巻より(藤本タツキ/集英社)

どうなることなんかなあ。

 

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