

年末年始で新刊が発売されないので、過去に発表された名作を読み返します。
今日は「らーめん才遊記」です。
比較的近年の作品で、連載期間は2009年〜2014年となっています。(近年か?
FPSが好きなもんでよく実況動画を見ているプロゲーマーチーム・Rush Gamingの運営母体企業のCEOがなんか意識高くオススメしていたので読みました。
初見で初読です。
自分は漫画には第一義的に娯楽を期待していて、あんま「ワンピースから学ぶリーダー論」だの「鬼滅の刃から学ぶ組織論」だのみたいな意識高いこじつけビジネス論が胡散臭くて全然好きじゃないんですけど、

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
この作品はラーメンをめぐる夢とビジネスをテーマにした作品なだけあって、確かにいろいろ援用したくなる要素に満ちていて、かつ娯楽作品として楽しめる作品でした。
「 ラーメン発見伝」という26巻もある作品の、主人公を変えた続編的な作品らしいんですけど、自分は「発見伝」を読むことなく先に「才遊記」を単品で読んで十分楽しめました。
先に「発見伝」を読んでいるに「越したことはない」 という感じ。
ラーメン店を成功させて複数の支店を出し、そのノウハウを元にラーメン店専門のフードコンサル事業に手を広げ、ラーメン業界の第一人者となった芹沢。
その芹沢の事務所に入社志望の一人の新卒女子が訪れる。その女はつい先刻それとは知らずに芹沢の店を訪れ、芹沢のラーメンに「イマイチ」と言い放った客だった。

「らーめん才遊記」1巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
彼女はつい半年前に初めてラーメンを食べた素人ながら、高名な料理研究家の娘として料理の英才教育を受けて育った、「ラーメンの天才」の素質を秘めた女だった。

「らーめん才遊記」1巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
で始まる、フードコンサルお仕事漫画。
おっさん向けかつ新卒の若い女性がヒロインの漫画ですが、お色気要素は皆無です。恋愛要素もたまに脇役で不倫を繰り返す人間のクズみたいのがちょいちょい出てくる以外は特にありません。
強いて注意点を挙げれば、

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
ヒロインがけっこうウゼぇw
この作品はグルメ漫画というかラーメン漫画といっていいジャンルですが、
aqm.hatenablog.jp
「食べる側」の漫画ではなくて、更には「作る側」の漫画にすら留まらず、「ラーメン屋を経営する側」の漫画です。
主人公たちはラーメン屋専門のフード・コンサル会社の社員として、様々なラーメン屋の改革に当たります。

「らーめん才遊記」1巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
「美味しんぼ」に似てるっちゃ似てんですけど、究極の料理が魔法のようにあらゆる問題を解決してしまいがちな「美味しんぼ」と違って、必ずしも美味しいラーメンが問題解決してくれるとは限りません。

「らーめん才遊記」4巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
最近では地政学をテーマにしたこんな漫画もありますけど、
aqm.hatenablog.jp
コンサルの漫画というのは課題解決の「漫画」なんで、「主人公たち(作者の知識・知恵)が解決できる」範囲の課題のケーススタディ的というか、ある種の予定調和の世界ではあります。コンサル失敗して借金苦で首吊ったオーナーの話なんかは出てきません。
「らーめん才遊記」は基本的に
①なんらかの悩みを抱えたラーメン屋がいる
②コンサルのヒロインが試行錯誤で課題を突き止め、その天才で課題を解決する
③ラーメン屋の業績向上!
④コンサル社長の芹沢がヒロインのやったことに経験・知識ベースの理屈をつけて解説する
という形で進行します。

「らーめん才遊記」1巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
たまにヒロインの手に負えない場合は、②から芹沢が介入し、ラーメン界の第一人者としての手腕を発揮します。
また作品の後半は「なでしこラーメン選手権」が開催されてお料理漫画定番の「対決もの」色が強くなっていきます。
一見、天才少女なヒロインが無双するだけの漫画っぽいんですけど、鵜飼の鵜というか、その実は芹沢が主人公みたいなとこあって、経営を通してラーメンを語る語る。読む人によっては「マンスプレイニングの典型である」としてあるいは批判の対象にするかもしれません。
話はラーメンの味の改善、弱小ラーメン屋の経営立て直しの話からやがて、

「らーめん才遊記」4巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
ラーメンの歴史の近年の流れ、現状のラーメン業界の閉塞感、

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
社会(=客)から求められる意義、「ラーメンとは」、そしてラーメンの未来が、ヒロインの行動をトレースしながら語られます。
ラーメンは国民食と言われ多様化した人気メニューで、またラーメン屋は個人でもなんとか手が届く開業資金と、人気さえ出ればスケールして金銭的なリターンが望める、脱サラドリームの象徴の一つみたいな職業です。

「らーめん才遊記」2巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
その実、個人のセンスや経験などの能力に依るところの大きい職人の世界でもあり、小規模なチームで仕事に当たり、徒弟制で人を育ててノウハウが継承されていくことで継がれていきスケールしていく事業でもあります。
ただし、ただ職人的に腕だけ磨いて美味いラーメンを作ってさえいれば上手くいくものではなく、客に認知されるための自己プロデュース能力も問われます。界隈では多くのファンやマニアが回遊して最新動向をチェックし、新しい美味しいラーメンはないかと目を光らせ、また味が落ちたことを批判し、一般層に伝播されています。

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
ラーメン屋の側も常に時代の流れやユーザの嗜好の変化にキャッチアップし、ラーメンを進化させ話題を提供し続けなければいけません。ニューカマーはいくらでもやってきます。
というね。
クリエイティブな仕事を個人や小規模な体制で回す、客商売の人気商売で、当たればスケールするが当たらなかった死屍累々と隣り合わせでもあるという点で、ラーメン屋に限った話ではなく、

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
プロゲーマーチームのスタートアップやYoutuberの他、「良いものさえ作っていれば見てもらえ評価してもらえる」という職人気質に陥りがちな、漫画家にもブロガーにも身につまされ色々考えさせる話です。

「らーめん才遊記」3巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
私を含むほとんどのブロガーの活動は生活も人生もかかってないですが。
この作品で語られることは、ヒロインが体現する職人としての究極ではなく、芹沢が語るプロデュースの重要性と、

「らーめん才遊記」4巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
そのプロデュースを支える客観視の能力、自分の置かれた位置を俯瞰で空間的・時間的・社会的に把握する広い視野と柔軟な発想、社会観や歴史観や哲学から自分を成長させて未来を予測し、また未来を創る能力の重要性です。
ずっとビジネスの話をしている漫画ですけど、同時に甘い夢の話をずっとしている漫画でもあります。

「らーめん才遊記」1巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
甘い夢をいかにビジネスを通して具現化するかの話をしているというか。
まーあれよね、チャレンジと成長をポジティブに語っていて、部下や「職人」たちに読ませたくなるよね、っていう。

「らーめん才遊記」7巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
教科書のようにすぐに役立つノウハウが描かれた作品ではないですが、読んだ人間のマインドセットやモチベーションにすごい効きそう。

「らーめん才遊記」2巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
硬い、というか自己啓発系みたいな話が続きましたけど、娯楽としても楽しめて、物語としてもとても綺麗に着地した漫画でした。ラスト4ページは「さすがに前作を読んでおけばよかった」と思わせる気の利いたおしゃれなラスト。

「らーめん才遊記」11巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
あとベタですけど、途中のこの回想シーン読んでなんでかちょっと泣きそうになった。

「らーめん才遊記」7巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
こういう、原風景の描写を大切にする作品って好きだわぁ。
現在、続編が既に連載中で、こちらは経験と知恵が飽和して倦怠感を感じた芹沢が、ラーメン界の第一人者の座から降りてラーメン屋のバイトからまた始めるという、ちょっと面白いことになってます。
その話はそのうちまた別の記事で。
完全に余談ですが、「かぐや様」好きなんですけど、文化祭にラーメン四天王の2人が訪れてかぐやの紅茶を評するシーンありましたけど、

「かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~」13巻より(赤坂アカ/集英社)
語ってるのがラーメンマニアなのも含めて「らーめん才遊記」のオマージュだったっぽいなアレ。

「らーめん才遊記」7巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
じゃあ、終わりです。
自分にとっては「エピソード0」にあたる「ラーメン発見伝」を読まなければ。

「らーめん才遊記」11巻より(久部緑郎/河合単/小学館)
あなたにとって、私にとって、大好きな●●とは、一体なんでしょうか。
堂々と胸を張って語れるよう、ありたいものですね。