いい表紙。
動物たちが直立歩行し服を着て暮らす社会を舞台にした何かと示唆に富む青春もの。
主人公はハイイロオオカミのオス。学園内の食殺事件の犯人を決闘で倒し、その過程で友人の足を食った罪に耐えかねて学園を去った、強く不器用で心優しいレゴシ。彼と恋に落ちた魔性の美少女先輩・ドワーフウサギのハル。
肉食と草食が共生する一見理想的な社会の「そう簡単に上手くいかない」部分にスポットを当て、その社会の矛盾に嵌り落ちて苦悩する肉食動物の少年の葛藤、放浪、恋愛観、人生観。
裏市を扇動し社会の空気を変えつつある凶悪犯・メロンとの決闘。厳戒態勢の裏市で迎えた決闘当日。
今巻で完結。
まったくの偶然ですが、アメリカの議会でああした事件が起こったその翌日の発売になりました。
natgeo.nikkeibp.co.jp
異種間から同じく生まれたはずの鏡合わせのようなレゴシとメロンから読者がそれぞれ受ける印象が異なるように、アメリカの事件と今巻で描かれた裏市の崩壊とでは、同じく人民の暴動によるものでありながら受ける印象が180度異なります。
アメリカの事件は不和と分断を象徴するように多くの人を暗澹たる思いにさせましたが、裏市の崩壊は草食獣と肉食獣の融和の象徴として「ベルリンの壁」の崩壊のように、ポジティブなものとして描かれました。
「まったくの偶然」とは作者に失礼かもしれず、この物語は当初から普遍的な示唆に富み、人間社会で現実に起こり得る事柄に対してキャッチアップしたもので、
草食獣と肉食獣が共に暮らし時に軋轢を生み時に愛し合いながら社会を形成する様は、男と女、人種、その他様々な「異種」同士のコミュニケーションの難しさを、作品のルックスに反して生々しくリアルに読む者に想起させる作品でした。
肉食獣=男・加害者、草食獣=女・被害者のような単純な描かれ方がされた作品ではなく、
内なる悪に無自覚な草食獣の男もいれば、内なる愛に殉じた肉食獣の女もいて、
現実の事件がそうであるように加害と被害はもつれ合い入り組んでいて、まるでステロタイプな浅い理解を拒むかのように状況はモザイク状に不規則で複雑でした。
この物語はそうした異種間の軋轢と愛情の間でハーフ、クォーターとして苦悩して生きるレゴシとメロンの対決の決着と、裏市の崩壊をもって幕を閉じました。
アメリカ議会の事件が何も解決しないように、レゴシとメロンの対決の決着や裏市の崩壊もまた、社会をドラスティックに変えることはありませんでした。
矛盾に満ちた社会のメタファーとして、特効薬的な解決策を、あるいはせめてファンタジーとしてレゴシが王として劇的に社会を改革するカタルシスを求める向きがあったかもしれませんが、この物語はそうはならず、その結末は極めて個人的なものでした。
まあでも、愛と、
レゴシが自ら「ビースターズ」を名乗る心境に辿り着いたこと、
その二つさえ描かれてあれば、それ以上を語るのは野暮というものかなと思います。
この作品が提示した大きなテーマに対して、一見あまりに個人的でささやかな結末、ある意味とても不安定で中途半端な結末で、あるいは「天気の子」のように消化不良でカタルシスに欠け結末放棄であるとか、あるいは竜頭蛇尾で冗長で蛇足的だと評されるかもしれない作品ですが、
自分は「キラキラ!」以来の優れた青春漫画を読んだなー、と思いました。
青春なんてのは中途半端でオチもカタルシスもなくて冗長で蛇足的なぐらいでちょうどいいし、「ガキ一人をスーパーヒーローに祭り上げて社会の矛盾を背中に背負っていただき、大衆をその『観客』に堕させる」ということをせず、矛盾と相対する個人の心の在り方に帰結する結末であったのは、人間に対する作者の信頼の証のように思いました。
余談ですけど、自分は「銀河英雄伝説」ラストでユリアンとカリンが全ての戦いを終えて「そう、たったこれだけ」と笑い合うシーンがとても好きで、大山鳴動し汗血を垂れ流した挙句にようやく手に入れる当たり前で普通の「たったこれだけ」に帰結する物語が、どうも好みとしてとても好きみたいです。
お疲れ様でした、次回作も期待しています、と言いたいところですが、
natalie.mu
とりあえずBEASTARS世界観の短編をまたいくつか描くみたいです。
この「BEAST COMPLEX」シリーズは既に1巻に相当する既刊が出ていて、
aqm.hatenablog.jp
こちらもとても優れた短編集だったので、今回の集中連載分の単行本も楽しみです。
aqm.hatenablog.jp