難解な作品を前にして「かっこよく評論してるっぽく見せる」常道というかコツとしては、
「わかったような雰囲気を醸しつつも言葉は濁し、後に『正解』が提示された時に恥をかかないよう、致命的な誤読をしている証拠を残さない」
ことです。
内容に対する具体的な言及は避けて、「すごい」「尊い」「ヤバい」「天才」「漫画が上手い」「涙が出た」「エヴァ」とか、わかってる風でなるべく言質を取られないフワッとした文言を選んで並べるとそれっぽくなります。
さて。
コンテンポラリーダンスに魅せられた小太りメガネおさげ少女・一条ムラサキ。
創作ダンス部を立ち上げようとするも人望がなく頓挫。多くのフォロワーを生む美術部の美少女・菫ソラのカリスマ性に嫉妬する。そんなソラのストーカー、翡翠翔之助は紫峰山神社の神凪にして天才ダンサーだった。
翔之助の才能に惚れ込んだムラサキは、2ヶ月で体重を72kgから47kgに落とす約束を果たし、彼をダンス部創設メンバーに引き込むことに成功する。
本気の翔之助のダンス、その凄み。しかしムラサキもまた、体を絞ったことによって秘めた才能が覚醒しつつあった…
怪作です。今巻で完結。
表面上のストーリーは冒頭に挙げたとおり、女子高生がダンスに魅了されダンス部を立ち上げ、仲間を集めつつ、ダンスの高みを目指す作品です。
「普通」の漫画であれば、地方大会・全国大会・世界大会と駆け上がり、ライバルたちと切磋琢磨し、「ビッグに」「メジャーに」「伝説に」を志向します。
この作品は、ネタバレですが、学校の中庭で練習中に風紀委員との(表面上は)原因不明の乱闘が始まり、これを前座として集まった野次馬を前に、覚醒した主人公たちが踊ります。そして2年後、エピローグ。終わり。
ストーリー、というより描かれるダンス描写に付随して語られたのは、ダンスの起源が神事における「神話の再現」であったことを契機に、「神とは何か」「人間とは何か」「個とは、自分とは何か」というテーマです。ダンスの他、宗教・哲学・格闘技・セックスとも絡めて思索されます。
漫画は第一義的にエンタメであるべき、という考えに則れば、他人に気軽にお勧めできる漫画ではないです。
なんかようわからん漫画ですし、複数の意味で失敗している漫画です。
一に、観念的でわかりにくく、マス向けエンタメとして失敗している点。
二に、一の原因として、漫画という、画と言葉の複合のメディアを選んだにも関わらず、大事なところは画に偏重してしまった点。
三に、二にも関わらず、補助線として言葉に頼りすぎた点。
漫画の読者全員が作者の興味の向かう先の分野に関する教養が十分であれば必要のないテキストでもあって、言葉に頼ったことを瑕疵とするのは酷かもしれません。
要するに、「描きたいことが漫画のテーマとして間違っていた」というより、「描きたいテーマの表現手段として漫画を選んだことが間違っていた」いた、というイメージ。
「神話を刻む壁画」の描き手が現代で選んだメディアが漫画だった、みたいな場違い感。「漫画」扱いして評論するこっちが間違っているんじゃないかという不安。
読んでいて、
「絵にここまでの情熱を持つこの作者はなぜ画家ではないのか」
「ダンスにここまでの情熱を持つこの作者はなぜダンサーではないのか」
とずっと不思議に思っていました。特定分野にのめり込んだは漫画作品は珍しくありませんが、こんなことを思ったのは初めてでした。
自分が知らないだけで実は兼業の画家もしくはダンサーなのかもしれません。
エンタメ作品というよりも、「神事から派生した、人体を駆使する娯楽・競技・性行為に関する考察」と題された卒業論文のような、あるいは「ダンスという神」を崇める宗教の聖典のような漫画。
ただ、成功している点もまた漫画というメディアを選んだことで、モノ言わぬ絵画やダンスであればこっちが理解できずに伝わらなかったはずのテーマが、この媒体を選んだことで少しだけ私に伝わりました。ような気がします。
茶化すわけではないですが、人の祈りの起源について思索を巡らせたのは、このブコメ以来でした。
b.hatena.ne.jp
記憶が曖昧ですが2021年のブコメなので、既に『ムラサキ』の影響を受けてのブコメのように思います。
作者の情動はおそらく小説や論文などの文章でもおそらく私に伝わらなかったはずで、「画と言葉」の組み合わせという最適解に最も近かった媒体が「漫画」だったに過ぎないようにも思います。
映画という手もあったでしょうけど、このテーマに共鳴する出資者と、作者と思索を同じくし作者の脳内イメージを体現できる現役のダンサーを探すのは至難だろうと思います。
テーマとしては普遍です。
神と人、自分と他人、個の孤独、一つになりたい。
「人類補完計画」をエヴァではなくダンスでなそうとする無限の営み。
川本真琴のセックスをテーマにした名曲『1/2』の歌詞の一節、
境界線みたいな身体がじゃまだね
です。じゃまだから踊ってみようホトトギス。
百合もあるよ!
この、すごいものに一瞬触れたと思った瞬間にフッと消える感じ、もどかしさが、画以上にヒロイン・ムラサキと翔之助の葛藤をよく現しているように思います。
なんか…読んでいて「真実」「本質」に触れた瞬間があったよ。たぶん。
「次なにを描くのか」というより「まだ漫画を描くんだろうか」という印象ですが、次回作を楽しみにしています。
すごくてヤバくて天才ですが、面白いかどうかはよくわからないし、(マス(AQM)向けエンタメという意味で)どちらかと言えば漫画は下手です。
それでもやっぱり、できればまた、漫画でお願いします。
結局、自分が作品意図を十全に理解できたとは全然思えず、あなたが言いたいことはよくわかりませんでしたが、踊れない、漫画を読むことしかできない自分は、あなたの描く漫画を、その訳のわからない情熱を、もっと読んでいたいと思いました。
aqm.hatenablog.jp