幻の殺し屋組織「ファブル」の天才殺し屋と相棒の女が、ボスの命令でほとぼり冷ましに大阪のヤクザの世話になりながら長期休暇がてら一般人の兄妹・アキラとヨウコに偽装して暮らす、コメディ成分多めのハードボイルドもの。
巻き込まれ気味にいろいろ物騒な事件は起こったものの、伝説の殺し屋は不殺を貫いたまま事態を収拾し、街を去って第一部が完結。
本来構想された第二部はおそらく「償いの旅」になるはずだったんだろうと思いますが、現実の新型コロナウイルス禍で作者の取材手段も断たれ、作中にもウイルス禍が色濃く描かれつつ、予定を変更して再び太平市を舞台に、ヤクザの抗争に巻き込まれることになりました。
今度は殺し屋組織「ファブル」同士の争いではなく、他の殺し屋組織「ルーマー」との闘争として。
ちなみに「ファブル=寓話」に対し「ルーマー=風説」なんだそうです。
今巻でその第二部が完結。
2巻の感想でこう書いて
紅白組のバックにも、ファブル的な殺し屋組織がいるっぽいんですけど、これさ、「ファブルの別名」で同じ組織なんじゃねえの感が…そんな2個も3個も殺し屋組織、ある?
aqm.hatenablog.jp
3巻の感想でこう書きました。
「ルーマーは実はファブルの別働組織で根っこは同じなんじゃないか」とちょっと思ってたんですけど、今巻読んでるとどうもそういうわけでもなさそうな雰囲気ね。
aqm.hatenablog.jp
結論としては「半分アタリで、半分ハズレ」というところ。その隙間に作者は皮肉を込めました。
彼らは殺し合う必要が果たしてあったのか。
アキラが感じた胸を締めつけは、人が人を殺し人に殺される漫画を描く作者の自問自答でもあり、読者への問いかけでもあります。
「いつもどおりに」面白い『ファブル』でしたが、路線変更を強いられた割りには「殺し屋vs殺し屋」というエンタメに生命への問いかけを込めて、程よいサイズで読み応えのある展開と、どこか切なく、どこか不気味で、それでいて生き残った全員が何かの答えを見つけて生きていく、悪くない読後感。
プロやな─────────
という最終巻でした。
昨今隆盛する「殺し屋もの漫画」の例に漏れず、『ザ・ファブル』もシリアスと日常コメディのギャップに力点が置かれてきましたが、同時に殺意はあるのに動機を持たない(もしくは動機は金です)「殺し屋」という職業、人を殺すということ、生きるということ、生命ということについてずっと問いかけ続けている作品。
「殺し屋」という職業を第一部と第二部では「不殺」を通じて描き、第三部はやはり「償い」を通じて描くんでしょうか。
第一部の序盤で海老原に「生命」について問われたアキラの答えのように迂遠な試みですが、その迂遠さの中に隠された作者なり(アキラなり)の答えに、目を凝らしてしまいます。
第三部も楽しみにしています。今度は描きたいとおりに描けると良いですね。
ひとまず、お疲れ様でした。
aqm.hatenablog.jp
aqm.hatenablog.jp