
自営業の町の古本屋、「古本十月堂」。
脱サラした青年が6年前に開業。
いろんな本、いろんな客、いろんな買取、いろんな販売、古本屋をめぐる日常と人間模様。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
というハルタ連載の「古書店もの」漫画。
「古書店もの」と呼んでジャンル扱いするほど、作品が多い分野ではないかもしれないですけど。
aqm.hatenablog.jp
『百木田家の古書暮らし』の感想でも書きましたが、
「勤め人をリタイヤして趣味の延長マインドで悠々自適に古書店経営」
は、世俗と隔絶された「晴耕雨読」イメージというか、読書家や人文系オタクが憧れる「最後の職業」、シチュエーションの一つですね。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
たぶん「そんなに楽ではない」んだろう、「世知辛いことも多い」んだろうな、とも思うんですが。
本作は縦軸となるミステリー要素やラブコメ要素も今のところなく、純粋に「古本屋を巡る人々」の日常ものとして、穏やかに詩情豊かに描かれます。
「日常もの」というか、「生活と、人生」ですかね。
世知辛いこと、それでも本に関われて嬉しいこと。
紳士で愛妻家で本好きな中野部長は気まぐれで経路を変えた帰り道、「新しい」古本屋に出会う。「鷹の目を持つ男」。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
十月堂を訪れた銀髪の丸坊主の美女の注文は、「読み終わるまで絶対死ねないような面白い本」、そして「最終巻を1ヶ月預かってくれること」だった。「生ける人々の輪舞曲」。
十月堂が開業当時にうっかり買い取ってしまった漢和辞典、通称「諸星大漢和」全13巻は、名著だったが、デカく、重く、そして売れなかった。「本の海の漂流者」。
かつて乱歩に耽溺した女流エロ漫画家は長いスランプに陥っていた。編集者との打ち合わせの岐路、「スランプの乱歩が逗留するような」ホテルに遭遇する。「丘の上ホテル」前後編。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
松本質店の長年の常連・前川は、珍品「束見本」を質に入れては受け出すことを40年以上続けていたが、そんなある日、大事な本を質に入れたまま、現れなくなった。「雲隠れ」。
本を巡る、「愛憎」、ではないですね。
「愛と信」とでもいうべきか。
コミックと電子書籍の好調をよそに、出版や本屋の斜陽が嘆かれて久しく、本作モチーフの「古書店」「古本屋」も決して景気のよい商売には見えません。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
本の電子化や娯楽の多様化に伴う出版と本屋の衰退に関しては自分も当事者(読者)として思うところは在り、本作でもビジネス的に世知辛い展開や描写が度々描かれますが、その裏にノスタルジーだけではない本への愛情と、「本の強(したた)かさ」とそれを愛する自分を信じている、揺るぎなさが透けて見えます。
「我々、本を愛す。故に本あり。」
的な。
こう、「人間と犬」や「人間と馬」の絆を信じる人たちの強さに似てる気がしますね。

『本なら売るほど』2巻より(児島青/KADOKAWA)
本もまた、人間の相棒である、本質的に。本だけに。
みたいな。
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