#AQM

あ、今日読んだ漫画

#ダンダダン 11巻 評論(ネタバレ注意)

霊媒師の家系(かけい)のギャルと、いじめられっ子気味で孤独なオカルトオタクの少年の同級生ガールミーツボーイから始まる、オカルトバトルなバディもの?

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

寝取られ(「スリープ」的な意味で)。

「ボーイ・ミーツ・ガール」、「オタクに優しいギャル」、「ラブコメ群」、「ちょいエロ」、「呪術廻戦、チェンソーマンなどの最近のジャンプのオカルトバトル漫画群」、「うしおととら」、「東京入星管理局」、「GANTZ」、「メン・イン・ブラック」、「漫☆画太郎」、

あたりを足して適当に割ったような感じ。

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

いろんなジャンルのごった煮、カオスな闇鍋みたいな漫画。クリーチャーも宇宙人から妖怪から幽霊から割りとなんでもあり。

ちょっと奥浩哉的とでもいうか、「描きたい画」が先に在って、そこから逆算してエピソードを繋げていってる作り方?と思わなくもないですが、よくわからんねw

倒すべきラスボスも、辿り着くべき約束の地も、提示されないまま、ただただ降りかかり続ける火の粉を払い続け仲間が増え続け経験を重ね続けてより強く成長していき続ける、ステージ制のタワーディフェンス・ゲームのようにエピソードが重ねられます。キンタマ以外。

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

「海賊王を目指す」でもなく「ひとつなぎの大秘宝」を求めるでもなく。

作品を貫く縦軸、キンタマしかない。あとラブコメ。

テンプレのような学園ラブコメ展開と既知の「学校の怪談」のエピソードパートに、何の説明もなく突如襲来するタワーディフェンスバトルパート、ユニークで精緻なクリーチャー&メカの動かせるデザインを、体重が乗った肉弾戦と溜めの開放感がある遠隔攻撃を組み合わせたガンカタのようなバトル描写、作者の漫画読者としての原体験、必ずしも順風満帆ではなかったキャリア、ガンダムA、編集担当・林士平との出会いと編集作品の共通点、アシスタントとして師事した作家たち。

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

躍動感あふれる見応えのあるアクション描写、奇想天外な風景を緻密に描画する画力。

に対して、ストーリーテラーとしてはおそらく短中編に特化した作家さんなのかな、と思うようになってきました。

短中編に特化した漫画家は、大ヒットを飛ばしにくい。

ではどうするか。

いっそ作品を貫く「大きな物語」を捨てて、それこそステージ制のタワーディフェンス・ゲームのように、ひたすら入魂の中編エピソードを積み重ね、ただただ仲間を増やし少しずつ成長させながら、得意の「画」とダイナミックな展開と「中編力」で魅せていくことで、長編作品に仕立てていこう。

という漫画に見えてきました。

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

そうした「ステージ毎の襲来者」なやり方に、呪いやら妖怪やら都市伝説やら超科学やら宇宙人やら、多種多様な具体性を持つ「オカルト」は打ってつけです。

「大きな物語」が(自分にはまだ)見えないからといって、当然「物語がない」わけではないです。

現に今巻も面白いし、現に次巻以降の展開も含めて自分はバモラにまつわる今次エピソードが大好きです。

『ダンダダン』11巻より(龍幸伸/集英社)

そのエンディングを妄想するだけで、自分は少し泣きそうになります。

「エンディングまで、泣くんじゃない」

という『MOTHER』のキャッチコピーを、勝手に思い出してしまった。

 

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#メイドインアビス 12巻 評論(ネタバレ注意)

可愛らしいキャラ、メガネ少女のリコとメカ少年のレグが、作者の業を叩きつけたようなエグくてグロい目に遭いながら「アビス」と呼ばれる大地の大穴を潜る冒険もの。

「成れ果て村」編の完結を受けて、リコ、レグ、ナナチにファプタを加えた4人の、この作品にしては比較的平穏な旅路、繋ぎと伏線の巻だった前巻で出会った神秘卿が率いる探窟隊「呪詛船団」とのエピソード。

黎明卿ボンボルドの妨害を力づくで押し通って来たらしき呪詛船団。

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

ヤクザの抗争というか、四皇や七武海の縄張り争いというか…

試し、なぜかのお風呂回、自己紹介、一緒に食事、共同戦線、そして第七層突入へ。

バトル展開こそあるものの、前巻に続いてこの作品としては和やかで平和な巻。

にも関わらず、実質新キャラとして人となりが紹介された呪詛船団の面々もこの作品らしくビジュアル・内面ともに業が深い…

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

神秘卿その人は明朗・快活で直截的なマッドサイエンティストという感じで、ちょっと『ウマ娘』のアグネスタキオンにタイプが似てますね。喋るとハキハキ明るいけど、好奇心のために頭のネジが何本か欠けてるというか。

前巻で提示された謎・伏線・フレーバー予告のメインは

■枢機の輪
■未知の白笛
■巫女とは?(クラヴァリとテパステの仲間?)
■クラヴァリが隠していたもの「置き土産」とハボルグの顛末
■地上で起こっていること

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

サブは

■ライザの鏡文字
■アビスの時間の流れ、「時間も固まりやすい」
■ファプタが見た「重なったもの」
■テパステの回想シーン以降、現在に至る経緯
■既知で未登場の最後の白笛ワクナ(巫女関連?)
■なぜ呪詛船団は「巫女」を敵視しているのか

でしたが、特にこれらが今巻で解明・説明されることはなく、

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

今巻で更に

メイン
■巫女の撒き餌
■獣相を秘匿される理由、「探窟史の恥部」
■ハリヨマリ集の謎、巫女の共著者
■ヒトガタの影、少女型
■「君も友達もこうなっちゃう」

サブ
■獣相の本性、神秘卿が隊を獣相で固めた経緯
■神秘卿の持つ遺物と、成し得た禁忌
■神秘卿と黎明卿の対峙はリコたちが通った前か後か
■ニシャゴラの盾の強さの原理
■「何故かみんな同じ名前」

という感じで、

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

第七層が作品のクライマックスなのかどうかも未だ不明ですが、憶えておく宿題がまた増えました。

進展という意味では、前巻・今巻のセットで体制と伏線が整って、次巻から「いざ、第七層!」という感じでしょうか。

「リコさん隊(仮)」にもラブリーな正式名称(候補)が付いて良かったね。

『メイドインアビス』12巻より(つくしあきひと/竹書房)

しかし、表面上は平和な巻が2巻続くと、次巻が怖いね…

 

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#Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ 評論(ネタバレ注意)

日比谷の高層マンションに、作家でイケメンで子煩悩なお父さんと二人暮らしのファザコン小学生・知世ちゃんの、ちょっと詩的でたまにメルヘンな単話の日常もの。

1987年連載開始なので『ガラスの仮面』とまではいかなくても結構な長寿シリーズ。

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

若くに亡くした奥さんを今なお愛しながら、忘れ形見の知世ちゃんを大切に育てるお父さんがとてもイケメン。

こういう大人になりたかった。

「父娘もの」という明確なジャンルが確立されているんだかいないんだかよくわかりませんが、その走りの一つ、と言えるだろうと思います。

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また「父娘もの」ではないですが、最近『君たちはどう生きるか』の漫画版を読んで(と言っても読んだのは数ヶ月前ですし、発売されたのは数年前ですし、その原作は戦前〜戦時中ですが)、ちょっとこの『Papa told me』のことも思い出しました。

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当初は父子家庭、独身、離婚、働く女性、子どもの居ない夫婦などのテーマで、 理不尽な世間に知世ちゃんが喧嘩を買う、という怒りを原動力にした、はてなのホッテントリみたいなちょっと尖った話が多かったけど、前のシリーズの終盤あたりでメンタル系のインナースペースの話が多くなった後、

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

特に雑誌移籍後は話も知世ちゃんの性格も顔も丸くなったなあ、という印象。

近刊の傾向どおり、今巻も父子家庭とそれを取り巻く人々、あるいは全然関係ない人々の日常を少し詩的に、少し空想的に、どこか少しヨーロピアン(?)に。

アメリカンではないですよね?w

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

初期の作風を思い起こさせる「困ったさん」もちょいちょい登場するんですが、昔のようにはやっつけず、戦わず、言い争わず、腹を立てず。

するりと躱すように、あるいは物理的に走って逃げたり。

まるで「それより大事なことがある」と言わんばかりにある意味では投げっぱなしジャーマンな、各エピソードのエンディング。

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

信吉、可愛いなw

もうなんと言うかご意見番の「ズバリ言うわよ!」的な答えを、作者も読者も、求めてないんですよね、という。

「誰かが代わりにズバリ言わない代わりに、

 あなたも私もそれぞれ考えることにしましょう」

「でも別に考えたくなかったら、考えなくてもいいです」

というか。

巻末には、二人で暮らすマンションの部屋を決めた、どこかで見た覚えのある女性たちに関する読み切りを収録。

更に今巻末に2022年の「35周年記念インタビュー」が掲載されています。

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

以前の巻にもインタビューが載ってたような記憶もありますが、自分は漫画家が作品の外で自作を解説している文章を読むのがあまり好きではないので、読んだことがありませんでした。

が、近年(というには時間の単位が大きいですが)の作風の変化が如何なる心境によるものなのか、興味があったので読んでみました。

大きな納得と、少しの驚き。読めてよかったです。

『Papa told me Cocohana ver.11 ~ビスケット時間~ Papa told me Cocohana version』より(榛野なな恵/集英社)

アリスカフェのお姉さんたちと知世ちゃんの組み合わせ、毎回「夢」「ファンシー」「空想豊か」というよりは正直ちょっとラリってて面白いw

 

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#氷菓 15巻 評論(ネタバレ注意)

アニメでお馴染み、お前らの好きなえるたその氷菓です。

地方の高校の古典部の1年生の男女4人が、学校を舞台に数々の謎を解明する探偵もの風の青春もの。平凡な成績の省エネやれやれ野郎ながら推理力だけなんでか突出してるイケメン高校生・折木奉太郎が主人公。

ググったか検索したかで来たであろう、原作ファンかアニメ版ファンであろうあなた方には、あんま説明要らないよね。

京アニ絵でこそないですが、良い作画。

漫画になるとセリフの字数多いけど、コナンもだし推理もの・探偵ものはしょうがない。

ビジュアルはアニメ設定準拠の、原作小説のコミカライズですが、前々巻から大きな変化がありまして、アニメ最終回「遠まわりする雛」編を消化、アニメ化されていない2年生編に突入しています。あの最終回のその先、私の知らない物語。

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

サブヒロイン・伊原 摩耶花が掛け持ち所属している「例の」漫研の派閥抗争。我関せずでいたかった伊原もなりゆきで巻き込まれることに…

前巻の感想でこんなことを書きました。

はてなユーザは他人の話に共感するよりも「やめちまえ」「離婚しろ」と当事者意識に欠けるクソバイスをしがち、というのは定説なんですが、ご多分に漏れず自分もこのエピソード、伊原に対して「こんな漫研やめちゃえば」と思ってしまいます。

伊原自身にとって所属するメリットもない、心をゆるす友人もいない、実にくだらない人間の集まりのように思えてしまって、読んでてイラついてしまうんですが。なんか思い入れがあんのかねコレ。

(中略)

こういう高校生の漫研の派閥争いを偉そうに「くだらねえ、やめちまえ」って見下せるのも、逃げ場のない学校生活の閉鎖性から距離をおけるようになった大人のポジショントークだしね。

次巻の解決編?では、イラつかされた分スカッとさせて欲しいもんですけど、どうなることやら。

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「漫研女子の派閥争い」というと、『げんしけん』にもそんな要素がありましたね。

『げんしけん』8巻より(木尾士目/講談社)

漫画で読んだ話を根拠に一般化して「漫研女子」を語るべきではないでしょう。

いろんな漫研があるでしょうし、「読む専」で平和な漫研もあったり、中には互いに刺激し合い切磋琢磨し高め合ってプロの漫画家を多数輩出してきた「漫研の名門」も実在します。

今回の、伊原の在籍する漫研は「そう」ではなかった、というだけの話です。なんで男子いねえんだろうな、この漫研。

その完結編です。さて。

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

自分にとっては、「描いて欲しかった結末」を、描いて欲しかった以上の言葉と描写と展開で、という解決(?)編エピソード。

他人の足を引っ張るばかりで行動しない凡人を、行動力を持った人間が踏み潰して見捨てて忘れていく、ある種痛快な展開。

「自分」を持たない高校生たちの幼稚な足の引っ張り合いのマウント合戦、と評するのは簡単なんですが、このSNSのご時世を見渡すと、「幼稚な足の引っ張り合いのマウント合戦」は特に高校生の幼さに起因するもんでもない、という気がする、というか、確信してしまう。

昨今語られるオタク論って「真のオタク」の座を巡って自分ルールの押し付け合いのマウント合戦というか、

「やあやあ我こそは自分が考えたオタク道を極めた真のオタクなり!

 貴様らのオタク道は邪道であり認めぬ!

 真のオタクである我をもっとチヤホヤせよ!!」

みたいなんばっかりで、

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「ネムルバカ」より(石黒正数/徳間書店)

じゃあもう俺オタクじゃなくていいよw

お前が考えた「真のファン」「真のオタク道」なんてどうでもいいよwww

っていう。

「駄サイクル」的なものがもたらす心の平穏やモチベーションの維持も人間には必要で大切なことなので、居心地の良さを割り切ってればそれで良いんですけど、他人のやることにケチつけてクソバイスしてマウント取って足を引っ張ってばかりのコミュニティから距離を置くべきというのは、漫画家・クリエイターに限らず、なかなか身につまされる話だなあ、と。

「罵り合ってマウント取り合うバージョンの駄サイクル」というか、この漫研、自分達の話ばっかりで全然漫画の話しねえなっていうw

アニメ視聴時からずっと「伊原があんな漫研にいる」のは、喉に刺さった骨みたいにちょっと納得いってなかったんですが、ようやく刺さってた骨が抜けたような痛快さを伴った解決編でした。

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

見てる方は痛快だけど、伊原本人はこれから創作者として茨の道だけどね。

もう一編は、一見はちょっと軽めの幕間的っぽい雰囲気の小エピソード。

同じく前巻の感想で

あと、奉太郎の「走れメロス」の感想文というか考察文、面白かったねw

と書いたんですけど、その続きとも言うべき、「奉太郎が書いた読書感想文、その2とその3」編。

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

もとから予定していた展開なのか、「その1」で興が乗って急遽描かれたものなのか、ちょっと原作者に訊いてみたくはあります。

「一見はちょっと軽めの幕間的っぽい雰囲気の小エピソード」

と先述しましたが、

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

奉太郎が用意したダミーから興味深い批評議論が展開されて、日常的に漫画感想ブログやってる身として、感想・批評の考え方・書き方がいろいろ参考になったり身につまされたりする上に、本題の隠された謎、

「奉太郎は読書感想文の中に何を隠したか」

を解き明かす過程がミステリーとしてとてもスリリングでエキサイティングでした。

隠されていた謎、隠したかった理由が、本当に「中学生の頃」っぽいオチなのがまた、良いですよね。

『氷菓』15巻より(米澤穂信/タスクオーナ/KADOKAWA)

いつか2期がアニメ化されるに越したことはないんですが、

「ないならないでもこのコミカライズが在れば平気かなあ」

という、出来物コミカライズ。

芥川龍之介の『猿蟹合戦』、面白そうだから読んでみようかな。

 

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#ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ 【完】 評論(ネタバレ注意)

4コマ漫画家・いしいひさいちの、朝日新聞朝刊に長期に渡って連載された4コマ漫画『となりのやまだくん』、途中改題して『ののちゃん』の登場人物の、スピンオフ同人誌として2022年に発刊され話題になった作品。

2023年7月31日に電子書籍(kindle)化されました。

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

『ののちゃん』のWikipediaの「その他の登場人物」の項に、本作の主人公たちの記載があります。

ja.wikipedia.org

吉川ロカ。

高校生。連絡船の海難事故で両親を亡くしている。

学業成績はおもわしくないが、ポルトガル大衆歌謡「ファド」歌手になることを夢見ている。

柴島美乃。

高校生。2回留年してロカの同級生。ロカと同じく連絡船の海難事故で両親を亡くしている。

祖父が営む実家の家業はヤクザ稼業。粗暴な姉御肌で、タイプが異なるロカと気が合い親友となり、ロカの夢を応援している。

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

ファドはポルトガルの大衆歌謡。

ja.wikipedia.org

はてなブログの「iTunes商品紹介」機能で検索すると、ジャンル「ファド」で、ちょうど本作中でも登場した曲「コインブラ」がヒットしました。

Coimbra

Coimbra

  • Amália Rodrigues
  • ファド
  • ¥153
  • provided courtesy of iTunes

ブログって便利だな。そうか?

ファド歌手を目指すロカは、高校の音楽の先生から指導を受けつつ、歌う場を求める。

彼女を応援する美乃は、実家のヤクザを使って彼女がストリート、というか商店街の路上で歌う場と安全を確保する。

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

路上や定休日の定食屋で歌うロカのパフォーマンスは、やがてラジオ局や音楽事務所の目に留まり、やがてロカはデビューのために町を離れるものの、美乃との友情は続く。

ロカはいつも美乃のぶっきらぼうな励ましに勇気づけられる。

パフォーマンスを重ねるロカは世界に見つかっていき、そして…

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

という、夢を持つ少女のビルドゥングスロマンと、離れても彼女を応援し続ける親友との友情のお話。

4コマのギャグコメディを重ねながら、物語が進んでいき、彼女たちを取り巻く環境の変化が少しづつ語られていきます。

全てが説明されない、巨大な余白を抱えた、すごい終わり方をします。

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

読後しばらくの間、何があったのか想像しないわけにはいかず、また彼女たちそれぞれの心情に思いを馳せないわけにはいきません。

切ないだけでない、儚いだけでない、故郷どころか前世まで、「越し方」の記憶をすべて思い出してしまって、その「戻れなさ」に泣きたくなるような…

そうか、「サウダージ」とは、こういう気持ちのことをいうのか。

『ROCA: 吉川ロカ ストーリーライブ』より(いしいひさいち)

本当に、昔話のような、寓話のような、「サウダージ」な物語。

 

 

#機動戦士ガンダム #水星の魔女 ヴァナディースハート 1巻 評論(ネタバレ注意)

好評を博したTVアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のスピンオフ・コミカライズ。

「初の公式外伝」とのことです。

筆は『幼女戦記』の爆速&高品質コミカライズで知られる東條チカ、ということでちょっとびっくり。

でも『幼女戦記』もまあ、「人型兵器」の高速の空中戦&銃撃(ビーム)戦&白兵戦で、

『幼女戦記』27巻より(東條チカ/カルロ・ゼン/KADOKAWA)

絵的にはガンダムっぽいというかマクロスっぽいというか、という感じなのでもともと相性は良さそう。

もともと

「この人いつまでも『幼女戦記』のコミカライズだけに縛られてていいのかな」

と余計なお世話気味にハラハラしてたんですけど、原作付きとは言え二毛作こなすとは本当に筆がお早い。

A.S.101(アド・ステラ暦101年)、身体機能拡張技術「GUND(ガンド)」、及びこれを軍事転用したMS(モビルスーツ)「GUND-ARM(ガンドアーム、ガンダム)」が危険視され、その研究開発拠点「ヴァナディース機関」がモビルスーツ開発評議会と監査組織「カテドラル」によって強襲・壊滅させられる「ヴァナディース事変」が勃発。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

以来、ガンダムに関わる技術は禁忌とされ、5年の月日が過ぎた。

A.S.106。

「ヴァナディース事変」におけるヴァナディース機関の生き残りの研究者・ヴィルダは、同じく機関の生き残りの少年・キユウと共に、荷台にMS「ガンダム・ルブリス・ジウ」を隠したトレーラーで、見つかれば「魔女の生き残り」「テロリスト」として弾圧される地球を旅していた…

という1巻。

自分はTVアニメ版は相変わらず1期の最終話以外はまだ観てないんですが、

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特にネットやSNSのネタバレ避けもしてないので、キーワードやあらすじはなんとなく知っている、という感じ。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

TVアニメ『水星の魔女』と本コミカライズ、プロローグがA.S.101の「ヴァナディース事変」なのは共通っぽい。

んでTVアニメの本編はA.S.122とのことなので、A.S.106の本コミカライズのスタートはアニメ作中の16年前、前日譚に当たるんですかね。

なので(?)人気を博したスレッタ、ミオリネ等のアニメ主要キャラクターは登場せず、というところ。16年前だと、アニメ版の少年少女たちがちょうど生まれた頃でしょうか。

アニメ本編を観てないのでアレではあるんですけど、

「弾圧された科学者組織の生き残りの逃避行的ロードムービー」

として、今のところ読んでて世界観の知識不足で困ることもなく。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

・「ガンダム・ルブリス・ジウ」のデザインが二本角と淡白なボディラインで仮面ライダーみたい

・少年キユウは強化人間的なアレで寿命が短いっぽい

・GUND技術は医療発端の「身体機能拡張技術」ということで、サイボーグの延長として大型化したものっぽい

ぐらいの理解。

人類のその時点での倫理や法律、運用を超えて発達した技術とその周辺が生む軋轢(自制、規制、弾圧)、というのはSFでは珍しくないテーマで、魔法ファンタジーでも『とんがり帽子のアトリエ』あたりがそうですが、

『とんがり帽子のアトリエ』12巻より(白浜鴎/講談社)

現実と同じく、漫画などのフィクションにおいても作品によって「技術を発展させる側」と「技術を抑制する側」の妥当性が入れ替わるので、どっちに感情移入して読むんだか毎回難しいです。

その極北が『ナウシカ』ですが、概ね

「行き過ぎた技術の発展と近視眼的な人間のエゴに警鐘を鳴らす」

的な感じが多いのかな。

最近だと、AIイラスト技術なんかも「(イラスト市場)環境を荒らす」として物議を醸していますね。

まあそれは置いといて。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

物語としては、1巻は

「旅してて、体制側の雑魚いのに見つかって、脱出した」

ぐらいしか起こってないので、まだ面白いも面白くないもないですけど、さすがの作画で見応えあります。

人気タイトルの、実績のある漫画家によるスピンオフ・コミカライズ、掲載は毎度お馴染み「ガンダムエース」ということで、よっぽどヘタ打たない限りはおかしな終わり方は当分しなさそう。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

ガンダムのスピンオフやコミカライズは企画色が強くて作家性が薄い作品が多いのが難点ですが、サンライズ配下の集団制作の企画で、ある程度の安定感があるのは強みですね。

ホームランは出ないが打率は高いというか。

ん…? 安定感…?

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今のところまだ「何を描きたいスピンオフなのか」というか、勘所がよくわかってないですが、自分はこのままだと「TV版視聴者向けの(読者をニヤリとさせる)サービス」を受け取れないので、

『機動戦士ガンダム 水星の魔女 ヴァナディースハート』1巻より(東條チカ/HISADAKE/KADOKAWA)

どっかでTVアニメ版『水星の魔女』も視聴しなければ…

 

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#生きてるうちに推してくれ 3巻 評論(ネタバレ注意)

霊が視える体質のミサキは、18歳で上京しスカウトされて地下アイドルグループのメンバーとなったが、霊が視える故の少女時代以来の挙動不審が原因でグループ内での人気はイマイチで、推してくれるファンは脳みそ見えかかってる霊だけだった。

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

出待ちのファン(霊)に付きまとわれているところをライブハウスの近所のお寺の坊さんに救われ、話したところ、お互いの「霊が視えるだけ」「無意識に霊を吹き飛ばせるだけ」という特異体質を知る。

坊さんは「俺と組んで『祓い屋稼業』で一儲けしよう」と持ちかけ、金というかアイドルとしての営業ノルマ(ライブ後のチェキ撮影1枚1,000円×20)に困っていたミサキは嫌々これに応じる羽目になった…

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

という、アイドルガール・ミーツ・ボーズな除霊コメディ。バトル漫画ではないです。

自分は名前は知ってるけど読んだことはない、『トクサツガガガ』の作者さんの現作。

坊さんの特異体質も「結界体質」というか無意識に一時的に霊を吹っ飛ばすだけのボディガード的な使われ方で、

除霊手段は主にミサキの「霊が視え話せる」体質を生かした人生(?)相談で成仏させる、というもの。

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

「ファンに対する地下アイドル」「霊に対する祓い屋」に、相手に対するホスピタリティが共通する、という視点で、アイドル活動での気づきや経験が除霊に、除霊の経験がアイドル活動に、相互にフィードバックされる、という建て付け。

ハイテンションなツッコミ芸が身上のギャグコメディ展開ですが、通底しているのは芽が出ない地下アイドルのメンバーでコンプレックスに満ちたミサキの「このままでいいんだろうか」という漠然とした不安。

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

ミサキの抱える漠然とした不安が、現世に未練を残した霊たちに対する共感のフックと、読者からミサキへの共感のフックになっています。

体裁は「アイドル&除霊」ですが、エピソードとしては課題解決型というか、「問題を抱えた依頼人の問題点を解きほぐして解明して解決策のヒントや気づきを与える」という、精神科医だったり弁護士だったり『美味しんぼ』だったり『ブラックジャック』だったりと、やっていることは少し似ています。

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

そう考えると、意外と「居場所」「嫉妬」「依存」「葛藤や傷心からの逃避」などの、現代的のデリケートな人間関係の悩みにキャッチアップしやすい建て付け。

ギャグコメディ進行ながら、ホスト依存や盗作騒動など社会的にセンシティブで危ない話題に手を突っ込みたがる社会派な面も(?)。

ミサキが所属する地下アイドルグループの人間関係がちょっと不穏な感じで未だ光明が見えませんが、ミサキが成仏できない霊たちとの対話を通して学んだことが、アイドル活動にどう活かされるのか、楽しみというか、「活かす…んだよな?」というか、

『生きてるうちに推してくれ』3巻より(丹羽庭/小学館)

「どうやって活かすつもりなんだ」というかw

 

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#らーめん再遊記 8巻 評論(ネタバレ注意)

「ラーメン発見伝」の続編の「らーめん才遊記」の更に続編の現作。

シリーズ未読の方にものすごく雑に説明すると「ラーメン版『美味しんぼ』」みたいな作品群。

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

脱サラして開業したラーメン店が苦節を乗り越えて成功し事業を拡張、ラーメン店向けに始めたコンサル業も順調、メディアにも露出しラーメン産業を盛り上げてきた立役者の一人と認められ、職人・経営者としてラーメン業界を代表する第一人者となった芹沢。

ラーメン業界の世代交代と新たな時代の到来を前に、なぜか芹沢はやる気が出なかった…

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

雑に説明すると、自らの原点に立ち返った王が、自ら育てた天才児にその玉座を禅譲し、自らは放浪の旅に出る、的なそういう話です。そういう話をラーメン業界で。

職人・経営者のトップとしてラーメン業界の頂点に立ちそこから降りた主人公が、身分(?)を隠して大手チェーンのラーメン屋にバイトとして潜り込んで店舗内の若手のいざこざに首を突っ込んでみたり、山の頂上から見下ろしていたラーメン業界の裾野を歩いて回る話。

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

芹沢にむかし蹴飛ばされたニューウェーブ・ラーメン屋崩れからラーメン嫌いになったコンサルがリベンジする話と、なんの見どころもない潰れかけの女手一つのラーメン屋のシンママ店主の「家ラーメン」が結構美味しい話、次巻に続く。

「因縁→ラーメン勝負→和解」の得意の黄金パターンで、芹沢的には目新しさはないですけど、「最強のパーツを集めても最強のラーメンにはならない」という、言われてみれば割りとそりゃそうだろ的なw

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

ここの「(可愛いか?)」の芹沢がなんかツボで何回見ても笑ってしまうw

コンサル男の「フリーク→批評家→ラーメン屋→コンサル」の変遷と今後の身の振り方が語られましたが、「才能の適性」という意味ではコンサルよりラーメン屋の方が向いてねえか? という気がしないでもないです。

次巻に続くもう一編は、連載で好評?物議を醸している?と聞く、インスタントラーメン編。

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

独身一人暮らし的には、こういうの捗る!助かる!真似したい!という、珍しくラーメン屋経営者・ラーメン職人以外の我々一般人直接役に立つテーマ。

数十年間、相も変わらず「サッポロ一番 塩ラーメンこそ至高!」とか言ってる私の蒙をぜひ啓いて欲しい。

『らーめん再遊記』8巻より(久部緑郎/河合単/石神秀幸/小学館)

いや、読者的には「またお前か」「ずっとお前の出番やん」という感じですよw

 

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#忍者と殺し屋のふたりぐらし 3巻 評論(ネタバレ注意)

忍者の里で修行して暮らす さとこ は、周りの仲間の雰囲気に流されてなんとなく里抜けに参加(8回目)、抜け忍となったが、特に里抜けしたい目的があったわけでもないので普通に行き倒れていたところを、女子高生殺し屋の このは に拾われる。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

忍者としてはポンコツ気味ながら物体を木の葉に変える さとこ の能力に目をつけた このは は、見返りに忍者の里の追手を返り討ちにしてやる代わりに殺し屋仕事の死体処理係の相棒として さとこ を自分の部屋に住まわせる。

忍者と殺し屋の奇妙な同居生活が始まった…

という、日常エッセイ漫画の鬼才による非日常な日常コメディ。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

殺し屋という職業は現実世界ではなかなかレアですが、漫画の中では割りとポップな職業。

女子高生をはじめ女性が殺し屋稼業を営んでる漫画は珍しくありませんが、本作で人を殺すことの罪悪感が除菌されてヒロインたちが明るく楽しくアッケカランと人を殺すことのギャップ・違和感・狂気は、作中でも少し言及されている通り意図された効果で、だからこそヒロインたち自身が死ぬ陰惨な展開すらも作者が必要と思えばこの可愛らしい絵であっさりやりそうな、怖さを感じます。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

1巻のあとがきで作者が「読切のつもりで描き始めたので、どうなるのか私にもわかりません」って書いてて、「あっコイツやべえ」ってなりました。

今巻のあとがきでもなんかやべえこと言ってます。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

割りと出オチ気味というか、

「1巻は面白かったけど3巻もやるほど描きたいことがあるのかな?」

と思っていましたが、非日常な日常ものとしてコミカルで楽しく読めているのと、作者がマイルドなサイコパスというか躊躇も罪悪感も余韻もなく連載の都合で記号を扱うというかまるで「ぷよぷよ」を消していくぐらいのノリで、ナチュラルにキャラクターを殺していくのがメタにスリリングで、目を離しがたいものがあります。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

こんだけ人が死ぬとキャラが足りなくなりそうなもんですが、わんこそばのように新キャラが登場した端から死んでいきます。人の心とかないんか。

クールビューティな このは が赤ちゃん化するイベントを経て甘えん坊因子がインストールされて、キュートな描写を伴う百合度も上昇。

『忍者と殺し屋のふたりぐらし』3巻より(ハンバーガー/KADOKAWA)

この作者にかかると、百合度の上昇すら死亡フラグに見えてきて怖いわ。

日常エッセイでは見えていなかった、ストーリーテリングにおける作者のネイティブな作風・手癖なのか、漫画家としての意図的なキャラ付けなのか。

 

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#スーパーの裏でヤニ吸うふたり 3巻 評論(ネタバレ注意)

特装版と間違わないようにとの配慮の、電子書籍の表紙の「通常版」の文字がいかにもダサいですが、特装版のほとぼり冷めた頃に「普通の表紙」に差し替わるんですかね。

前にも『その着せ替え人形は恋をする』でこのパターンあったよな、と思って見てみたら、

特に差し替わってなかったわw

まあ特装版が出るということは出版社に期待されているということで、好きな作品がそう在るのは嬉しいことではあるんですが。

ブラック労働環境気味な会社で働く40代(前巻で45歳に確定)サラリーマンの佐々木。

日々の唯一の癒しは、会社帰りに寄るスーパーの2番レジ担当、清楚で可憐な山田さんの明るい営業スマイルだった。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

山田さん不在で「ファン活」が空振りに終わったある日、喫煙所を探す佐々木を手招きする女。

スーパーの裏の従業員用の喫煙スペースに佐々木を手招きした、後に「田山」という名であることが判明する喫煙者のその女は、「山田さんの同僚」を名乗り、佐々木が山田さんのファンであることも承知だった。

かくして、スーパーの2番レジで清楚で可憐な山田さんの笑顔に癒される佐々木の日常に、その後スーパーの喫煙所でワイルドでジト目で「んははは」と笑う"はすっぱ"な田山さんと雑談するルーチンが加わった。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

山田さんと田山さんが同一人物だとも気づかず…

という大人の?未満恋愛ラブコメ。

1巻発売の1週間後ぐらいにタイミング良く昨年の「次にくるマンガ大賞」WEB部門の1位獲った話題作。

natalie.mu

「早っ!」ってちょっとびっくりしました。

本作で正体を隠しているヒロイン、山田=田山は「すぐバレるだろう」「ちょっとからかおう」と必然性なく軽い動機で正体を隠すことを始めたものの、佐々木が延々気づかないので言い出すタイミングを失って、

「佐々木が未満恋愛で2人の女性に好意を持っているような状態」

「山田=田山のペルソナ間でヤキモチを焼く状態」

など、必然性のない軽い土台の上に、一人二役が織りなす三角関係めいた人間関係の機微やちょっとしたドラマが始まってしまっています。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

「山田=田山」の役割分担は、いわゆるSNSの「裏垢」そのもの。バレても世界は滅びないけど、今の居心地の良い関係が壊れるのは怖いよね、っていう。

佐々木の年齢が45歳で確定したので、24歳の山田山とは21歳差。

わかりやすく説明するためのジャンルとしては「未満恋愛ラブコメ」に分類されるべきなんでしょうけど、描写を見ると作者はまだ2人の関係にラベルを貼りたくないのかな、という感じもします。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

今巻もおじさんと若い女が未満恋愛というか「名前のついていない関係」でイチャコラしたりヤキモキしたりしてて眼福な。いい歳した大人が、二人とも可愛いねw

おじさん既婚者疑惑、クリスマス、山田が風邪をひいておじさんが心配するの巻、正月休みのそれぞれの帰省、うじうじしてるおじさんに山田イライラの巻、などなど。

誰だお前どこにいたんだよ的な新キャラの男キャラ追加、おじさんと競合しない模様。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

なにそのドヤ顔かわいい。

「ネタ切れで新キャラ投入して群像劇化」というよりは、「展開のリズムが単調になりがちなのでアクセントとして」、という感じ。

自分もいい歳して独身なので言えた義理でもないし、ご時世と世代的に珍しくもない話ではあるんですが、佐々木おじさんはいい奴なのになんで独身なんでしょうね。

「恋愛市場から解脱した」ようにも、「他人が煩わしくて独りで居たい」というタイプにも見えないけど。

以前から描写の端々で強く匂わされていた佐々木の独身は今巻で確定しましたけど、そのうち過去の女性関係に触れたりすんのかしらん。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』3巻より(地主/スクウェア・エニックス)

意外な地雷や爆弾かかえてたりしてw

 

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#機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー 2巻 評論(ネタバレ注意)

U.C.0094、一年戦争終結から14年、「シャアの反乱」終結から1年半。

一年戦争時、カツ、レツ、とともに戦災孤児として地球連邦軍の戦艦ホワイトベースに乗り合わせて戦場を転々としていたキッカは、コバヤシ夫妻の養子として、月面都市フォン・ブラウンで文学を学ぶ大学生になっていた。

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

シャアの反乱でMIA(Missing in action:作戦行動中行方不明)認定されたアムロ・レイの名前が半年後の戦争慰霊祭で初めて慰霊碑に刻まれることとなり、アムロの伝記が多々出版される中、キッカは世間で肥大していく「撃墜王アムロ・レイ」の虚像に強く違和感を覚えるようになった。

養母フラウが暮らす実家となった静岡に帰省したキッカは、アムロ・レイを取材し本を出版したい旨をフラウに告げる。

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

フラウはキッカにカイ・シデンの連絡先を渡し、そのカイ・シデンからはアムロ・レイが生前に関わった大量の関係者の所在と連絡先リストが送られてくる。

かくして、アムロ・レイの伝記を出版するべく、キッカの取材の旅が始まった…

という、女子大生キッカによるアムロ回顧のガンダム・スピンオフ。

宇宙世紀回顧ものでは、カイ・シデンを主人公にした、

ことぶきつかさの『一年戦争(ガンダム)』『グリプス戦役(Zガンダム)』の回想録シリーズ計4冊が比較的著名かつ出来物で、本作も正統後継と言って良いぐらい雰囲気は似てます。

本作はテーマをアムロにしぼり、関係者にインタビューしていく、というスタイル。

ja.wikipedia.org

一年戦争はなんかもう『スターウォーズ』サーガと並んで「日本で最も有名な架空戦記」ですね。

作者の「才谷ウメタロウ」先生は『コロニーの落ちた地で』のコミカライズ作家。

雑誌「ガンダムA」系のガンダム・スピンオフ、特にUCものはサンライズの厳しいチェックが入ってるイメージですが、

『機動戦士ガンダム MSV-R ジョニー・ライデンの帰還』19巻より(Ark Performance/KADOKAWA)

アムロとシャアに関してはそもそも「描いて良い」作品が割りと希少なイメージ。

ガンダム・スピンオフのクオリティは作劇・作画ともに玉石混合ですが、

逆襲のシャアは最高という人は多いけどF91が最高という人がいない理由

なんだかんだ言って結局アムロとシャアが好きってのはあります

2019/09/17 10:24

b.hatena.ne.jp

この作品は作劇はテーマで得してて(タイトルに「アムロ」入れると売れるだろうな)、作画も「トップ層ではないが平均よりはずっと上」という感じ。

女子大生キッカもなかなかチャーミング&セクシー。

今巻のインタビュー相手は、前巻最後のオスカ・ダブリン(元ホワイトベースのオペレーター)の紹介から、

ステファニー・ルオ

モスク・ハン

セイラ・マス こと アルテイシア・ソム・ダイクン

カレン・ラッセル こと ベルトーチカ・イルマ

わー、大物が来ましたね。

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

4人中、3人が金髪の女性です。プラス、キッカ自身も金髪ですね。

1stの原作でもアムロはセイラさんを「金髪さん」と呼んだり、陰毛をもらったりしていましたが、金髪に弱いというか金髪フェチというか、何かと金髪の女性とも縁があったんですかね。

そして意外な、少し嬉しいサプライズキャラも。元気にしてたんか君…大きくなって…

語りの多くは『1st』『Z』の回想で、原作アニメファンには「知ってるわー」「アニメで観たわー」となるシーンが正直多いんですが、

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

彼女たちの主観で語られてほんの少しだけ想いが語られる、なにより「その後の彼女たち」の様子を少しだけ知れることが付加価値になっています。

読み口は割りと軽くて読みやすい反面、すんごい面白いってわけでも、そんなにエキサイティングなわけでもないんですけど、

「もっとくれ、もっと読ませてくれ」

って、かっぱえびせんを食う手が止まらない、みたいになりますねw

割りとピュアな動機で動いているキッカですが、彼女を泳がせ、もしくは支援し、もしくは注視する連邦軍情報部やルオ商会には、少し不穏な動機もあるようで、本作単体でもヤマ場が用意されていることを予感させます。

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

次巻はベルトーチカのインタビューの後編から、更に誰が登場するか楽しみですが、前巻の記事のように予想するのは野暮な気がしてきたので、座して待とうと思います。

生き残りの懐かしキャラが登場するだけで嬉しい『ガンダム』シリーズのファンアイテムのようでいて、ア・バオア・クーでアムロのニュータイプ能力と共鳴した経験を持つキッカが辿り着く「アムロ論」という、割りと重要なことをやっています。

『機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー』2巻より(才谷ウメタロウ/大脇千尋/KADOKAWA)

引き続き!期待!してますよ!

 

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#放課後メタバース 1巻 評論(ネタバレ注意)

口下手な陰キャを自認する少年・二宮は、クラスの図書委員でペアになった、クラスメイトの荻野目さんが苦手だった。

荻野目さんはスクールカースト上位の陽キャなギャルで、住む世界が違うと感じていた。

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

しかし根っからの陽キャで話好きの荻野目さんは、そんな劣等感を抱く二宮の陰キャ性など気にすることなく、気さくにぐいぐい話しかけてくる。

荻野目さんを眩しく思い、自分を引き比べて劣等感に苛まされながらも、二宮は彼女に惹かれ、人気のない放課後の図書館で図書委員として二人で過ごす月曜と金曜の放課後を心待ちにするようになる…

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

という、秋★枝先生の新作の青春ラブコメ。お久しぶりです。

Twitterのbioを見る限り、ご出産・育児で休業からの復帰っぽい。

著作はこのブログを始める前に読んでいて、

 

かろうじて前作がこのブログの開始後にカブりました。

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あ、2巻出てる。読もう。

陰キャ少年と陽キャギャル、という、ラブコメ漫画としては今どき珍しくもないというか、令和の世においてはもはや定番・スタンダードと言っていい初期設定。

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もともと初期設定のユニークさより、ネームで読ませる作家さんですしね。

よく

「カースト上位の美少女が、長所のない陰キャ少年に惚れるのはリアリティがない」

「イッチは山田に惚れられるだけの美点があるので納得感がある」

とか目にしますけど、いろんな魅力的な異性を見比べてきた経験をしたからこそ言えることのような気が、自分はするんですよね。

雑なようですけど、若い男女なんて狭い空間に閉じ込めとけば長所や美点がたいしたことなかろうが、恋に落ちるもじゃねえかなって。

経験の浅さと教室の狭さ(と思春期特有の性欲や好奇心や焦り)が、彼女ら彼らの視野を狭くしているものですし。

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

『僕ヤバ』のイッチを超える速度と量で、自分を脳内で分析し卑下し自省する主人公。

昨今の「陰キャ少年と陽キャギャルのラブコメ」ブームを超えて、80年代に口下手な陰キャ少年の恋と妄想を好んで描いていた、

『キラキラ!』5巻より(安達哲/講談社)

『キラキラ!』5巻より(安達哲/講談社)

安達哲まで先祖返りしたような印象。

タイトルに含まれる「メタバース」がバズワードとして目を惹きます。

込められた意味の一つは今のところは「教室とは別の世界」ぐらいの意味に見えますが、今巻最後のエピソードを見ると今後更に拡張するかもしれません。

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

もう一つの意味として、常々自分は「ギャルヒロインのラブコメ漫画」ブームについて、常々こんなことを思っている(いい大人なのに…)んですが、

なぜギャルが出てくるマンガは魅力的なのか

エロ可愛い美少女からの承認とリビドー充足、破天荒な言動で既存の価値観を破壊し閉塞的な日常・人間関係から連れ出してくれるヒーロー性、「実は初心で処女で動物とオタクに優しい」という聖母のようなファンタジー

2019/06/04 13:45

b.hatena.ne.jp

本作は「違う自分になれる世界」に連れて行ってくれる存在というよりは、「自分が肯定される世界」を創生してくれる存在としてのギャル、という印象が強い1巻。

主人公の少年の、

「恋をして変わってしまうこと」

がまだ怖くて一歩を踏み出せない様子と、ヒロインが創る世界で小さな一歩を積み重ねる様子を、図書室を舞台にした二人芝居で丁寧に。

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

主人公の少年の自己分析は内省的で自虐的ながらも、かなり客観的かつ正確なようにも見えます。

一見、それだけ理解ができていれば、あと足りないものは慣れによる自信と度胸だけにも見えますけど、「だけ」と言えたら苦労しねえんだよ、というのと、どうも自分が荻野目さんに傷つけられることよりも、自分が荻野目さんを傷つけることを、恐れているように見えるんですけどね。

という漫画です。

『放課後メタバース』1巻より(秋★枝/KADOKAWA)

主人公の少年の内心が執拗にモノローグで擦られるのと対照的に、思ったことをなんでも喋っているように見える分、荻野目さんの内心がモノローグで描かれることはほとんどありません。

むかし見たヒロインの誰かの描かれ方に似ているような気もしますが、さて?

 

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#FX戦士くるみちゃん 5巻 評論(ネタバレ注意)

萌え漫画みたいな表紙詐欺やめーやw

2008年、中学3年の少女・くるみの母親は、単身赴任の夫に内緒で家計をFXの豪ドル円につっこみ、リーマンショックによる金融危機で2000万円の損失を出して自殺した。

2014年、20歳の大学生となったくるみは、母が失った2000万円を取り戻すべく、バイトで貯めた30万円を元手に母を殺したFXに挑む。

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

絶望の地獄と、父のタンス預金を盗んでまでロスカットを回避した上での天国との、その両方を経験したくるみは、沼のようなFXの魔性に囚われていく…

という、美少女FX漫画。

こうして見ると美少女麻雀漫画「咲-Saki-」のFX版みたいなルックスですけど

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『FX戦士くるみちゃん』2巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

「咲-Saki-」と違うのは、この4人のうち1〜2人ぐらいは最後に自●しそうな匂いがぷんぷんするとこです。

癒し系の萌え漫画と勘違いして買わないように気をつけましょう。恋愛要素も百合要素も、自分の目から見るとほぼ在りません。

例えこの漫画が大ヒットしても、影響されてFX始めて破産して「作者を●して俺も◯ぬ」なんて奴が万が一にも現れないよう、

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

FXにのめり込む初心者の心に生じる闇が念入りに描かれた作品。

人間の自制心が溶けていく、ほとんどサスペンスホラー。

ここんところは「意識だけ高い系」のイキリ小娘・芽吹が、FXの沼から借金の沼へ沈んでいく様子をじっくりと。

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

「無謀な投機への警鐘」という要素がなかったら、ただの「他人の不幸でメシが美味い」だけの悪趣味で不幸ポルノ的なリアリティーショー漫画になりかけている気もします。

ただ、資本主義社会の「すぐそこに在る罠」に対する問題提起と、人間の持つ欲の深さ、心の弱さ、窮地に陥った人間の客観性の欠如、堕ちていく過程の生々しさの描写のわかりやすさは群を抜いていて、どう評価したもんだかw

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

「できれば投資でラクしてお金持ちになって幸せになりたい」

「お金が勝手に増えて欲しい」

とは、私も思いますし興味はありますんで、読むんですけど。

読んでみたら本作中、ラクそうな人も幸せそうな人も居ませんけど。

ここで第5回!チキチキ!AQMが持ってるはてな株の最新株価のコーナー!

ハイ、ということでね。

芽吹が沼に沈んでいく様子にスポットが当たり続けていますが、ヒロイン・くるみちゃんがやや影が薄くなりつつあるな、というのと、クールに高みの見物で他人の投資人生をおもちゃのように弄ぶ萌智子が実は一番闇が深いんじゃないか、と思ってたんですが、今巻前半はその萌智子の前半生を回想しつつスポットを当て、今巻後半では再びくるみの投資模様に回帰。

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

FX沼の不幸ポルノを野放図に描いているわけではなく、史実の相場の動きにある程度準拠していること、また4人ヒロインの生き様が対比して描かれることで、なにか『アリとキリギリス』的な寓話のような趣があります。

若者の進路において「プロの漫画家を目指す」って、旧来型の世間の「大学に行ってカタギに就職するのが無難」という価値観と比べると「博打」「ギャンブル」とされがちですけど、本作中でプロの漫画家を目指していきそうなやす子が

『FX戦士くるみちゃん』5巻より(炭酸だいすき/でむにゃん/KADOKAWA)

4人の中で最も堅実で健全に見えてしまうというのも、「堅実」「健全」なんて相対的なものでしかないんだな、と気付かされて、ちょっと面白いですねw

 

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#ブルーピリオド 14巻 評論(ネタバレ注意)

男子高校生・矢口八虎は、金髪ピアスで夜遊びしたりタバコ吸ったりしつつも、将来のために勉学を欠かさず学業成績優秀、コミュ力もばっちりというリア充DQNエリートな万能人間だったが、情熱を注ぐ先を見つけられず、どこか借り物の人生のような空虚さを感じていた。

しかし、ひょんなことから立ち寄った美術室での描きかけの一枚の油絵との出会いが、冷めていた八虎の人生に火を灯すのだった…

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社)

という、高2の途中で絵画への情熱に目覚めて藝大を目指す少年のお話。見事に現役で東京藝大の油画科に合格、晴れて藝大生に。

漫画の中の一大ジャンル「美大もの」の王様『ブルーピリオド』、12巻からの藝大2年生編。

美術と出会うと同時に受験対策を始めたので成長が目覚ましい反面、「藝大に受かった後なにをするの?」が空っぽで、かつ藝大の教授陣が傲慢で高圧的で観念的で抽象的という、鬱屈した1年生編が終わり、2年生になった八虎は相変わらず鬱屈していた。

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社)

実力主義の美大受験を経て正解のない芸術の世界に足を踏み込んで、与えられた「何を創っても良い自由」に主人公も読者も戸惑い続ける、インプットの時間が7巻以来ずっと続いていて、その中には主人公の血肉になる意味のあるインプットも、意味のないインプットもあって、「当事者には意味の有無がわからない」ことを描き続けている、という印象。

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社)

夏休み、同級生のモモちゃんの広島の実家のお寺で合宿。

八雲の口から語られる彼のここまでの道程、そして天才少女として期待されながら殺されたかつての同級生、真田まち子について。

もともと東京暮らしで、家庭が比較的裕福でもあった主人公の八虎のアンチテーゼとしての、地方出身かつ裕福でない八雲が藝大までに歩んできた過去。

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社)

求道的ながら自由、しかし権威と経済性が同時に付きまとう芸術の世界。その理不尽を貫いて八雲を奮起させた、隣の席の巨大な才能と執念。

そして更にその芸術の世界の外側で、何の必然性も脈絡もなく、巨大な可能性が奪われ喪われる更なる理不尽。

一言で言えば「芸術とカネ」と、「才能と人生の理不尽」。あ、二言になってもうた。

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社)

八雲の過去は八虎のアンチテーゼでありながら、対立することなく、その差異を「些事」として置きつつ、別の「何か」で繋がっていて。

「『作家になる』とはどういうことか」

を、一見まったく関係ないような過去エピソードを通じて、八虎と読者に考えさせるエピソード。

裕福な環境、そうでない環境、嬉しかったこと、悲しかったこと、失われた可能性、世界の理不尽、そのすべてを糧として飲み込んで、立ち止まらずに今日も研鑽を重ねて描き綴られていく作品たち。

『ブルーピリオド』14巻より(山口つばさ/講談社) 絵画:松浦美桜香

良いですよね。

 

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#紛争でしたら八田まで 13巻 評論(ネタバレ注意)

表紙のメガネ美女、「地政学リスクコンサルタント」の八田百合がクライアントの依頼を受けて世界を股にかけて紛争を渡り歩き、地政学の知識と思考と調査能力と護身術で解決していく、

美女!メガネ!インテリ!ハードボイルド!ワールドワイド!な、かっけーお仕事もの。

ぼっちでメガネで日系で手ぶらのココ・へクマティアル、という感じ。

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

下品な方の出羽守っぽいというか、ちょっと「ブラック・ラグーン」みたいな洋画吹き替えワールドな感じ。

差別や不和、対立に満ちた社会の縮図で苦悩する依頼主たちを、「たったひとつの冴えたやり方」で少しだけビターなハッピーエンド、イバラの道ながらも融和と協調と成長に導く、シビアな現実で始まりながらも人間の善性を信じた希望に満ちたあっ軽いラスト。

というスタイルで作劇はほぼ一貫してます。

無駄のない、無駄のなさすぎる構成と展開。

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

漫画で得た知識でイキるのはいかがなものかと思いますが、エンタメと「知るきっかけ」の両立という意味で大変優れたコンテンツ。

バーターで、主人公がデウス・エクス・マキナな装置であること、作劇がキレイすぎてややご都合主義的なのは、致命的な錯誤や恣意的な思想誘導がない限りは、目を瞑るべきかなと。

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

今巻は近くて遠くてやっぱり近い、台湾編の完結、南アフリカ編を頭からラストまで、そして奇祭「バーニングマン」編。

時代の流れ、政治体制の変化で翻弄され続けた台湾のアイデンティティ。

アパルトヘイトから30年、eスポーツ(格ゲー)を通じて若い世代が人種を超えて新たな「南アフリカ」を創り世界に発信。

最強格闘ゲーマーの日本人「タニハラ」を「オール南アフリカ」で打倒できるか。

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

そして前巻あたりから、本作の単行本でもウクライナ-ロシア情勢が取り入れられるように。

この記事の冒頭に限らず本作の感想に度々書いてきたことですが、「ご都合主義」を感じなくはないです。

あらかじめ組み上がることを前提に揃えられシャッフルされたパズルのピースがハマっていくのを見ているような感覚。

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

が。

「こんなに上手くいくはずがない」

と思うと同時に、

「こうなって欲しい」

「こうなったらどんなにいいだろうか」

「こうなる可能性はゼロではない」

と思わずにはいられない、願いが込められているようにも思います。

格ゲー好きの縁で結ばれた少年たちが、黒人と白人の人種の垣根と軋轢を超えて、世界に向けて

「南アフリカは、俺たちはここにいる!」

『紛争でしたら八田まで』13巻より(田素弘/講談社)

と叫んでいるような熱い展開。名エピソードだ。

 

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